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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2025年12月22日

近江谷 克裕
第 142 回 Elucをめぐる旅の物語-ルーマニア・ブカレストにて④-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
是非、一度、ルーマニア国歌を聞いて欲しい(WEB上でルーマニア国歌と調べれば、かわいい女の子の歌う映像に出会うはず)。「目覚めよルーマニアの民よ」という歌はオスマン帝国からの独立を目指した1848年のルーマニア革命の歌である。友人に聞かせたところ、短調の国歌は珍しいそうだ。勇壮な調べと共に、その歌詞がルーマニアそのものである。なんと歌詞の中に、古代ローマ帝国の皇帝トライアヌスの名前があり、私たちはローマ帝国の末裔というのだから、その国家観には敬服する。周辺国家のブルガリアやウクライナなどがスラブ系言語だが、ルーマニアはラテン系言語であり、これはりっぱな末裔の証拠だろう。

12月1日は「国民の日」、いわゆる建国記念日である。テレビでは朝から国歌が流れ、11時過ぎからは国旗を振る多くの子供たちや大人たちに見守られた軍事パレードが行われた。この手の行事は日本では生中継どころから、朝からの特番になることはおそらくないだろう。それだけ、この国における独立の意義、そして国歌、国旗の意義は小さな子供のころから植え付けられたものだのだろう。だからと言って日本と違うことを、ことさら騒ぎ立てる気はないし、日本に見習えなんて言う気もない。その国の成り立ち、変遷が、それぞれの「この国のかたち」をつくるのだから。と、司馬遼太郎の本を読み返したくなった。

この国に暮らして3か月たつが、時折、さすがローマ人の末裔と感じることと、えっと思うことがある。「すべての道はローマに通ず」は、実質的に古代ローマ人が土木技術、公共インフラの整備、維持に優れていたことが起因だが、現在のルーマニアのインフラは深刻な状況だ。私の住むゲストハウスの暖房はガス管工事に伴い停止状態が数週間続いた。かろうじて、エアコンの個別暖房で寒さを乗り切ったが、兵站やインフラ整備を得意としたローマ人の伝統はどこに行ったのだろうか?市内ではやたらに道路・配管工事の穴が目に付く(写真1)。インフラの老朽化と言ってしまえば、それまでだが、古代ローマ人の周到さはない。

古代ローマ人は楽しみを追求する民でもあった。今月始まったクリスマスマーケットでは混雑を避けるため、市内に何か所もマーケットが立ち、そこでは、美味しいホットワインに料理、そして音楽がある。私のゲストハウスの隣にはオペラ座のマーケットがあるが、その野外ステージでは無料の音楽会が開催されている(写真2、3)。寒さの中、その歌声を聞きながら、ワインを楽しむのは、これはローマ人の血を引く民族らしいと妙に感心してしまった。食と音楽は、人生を豊かにすると、ローマ人の末裔は寒い12月を満喫している。

そんな中、12月にはブカレスト市長選が行なわれていた。勝った負けたの問題ではなく、この国では投票率の低さが大きな問題である(写真4)。これは日本と共通する課題で、特に若者の政治離れは深刻だ。一つの要因として、ルーマニアの若者はチャンスがあれば、この国を出て行くので、国の政治に興味がないことが一因ともされている。今春、大統領選のやり直しが話題になったが、その際は危機バネが働き、若者の投票行動が親EU派の勝利につながったのだろう。一方、日本の若者はどうなんだろうか?彼らに今の政治、現状に対する危機バネはあるだろうか?。そこには共通の現象だが、大きな違いを感じる。「それぞれの国のかたち」は、若者を含めた民がつくるものと実感して欲しいものだ。
  • 写真1 ブカレスト市内中心街には穴ぼこ工事が多い。
    写真1 ブカレスト市内中心街には穴ぼこ工事が多い。
  • 写真2 オペラハウスとクリスマスマーケット、そこには野外舞台がある。
    写真2 オペラハウスとクリスマスマーケット、そこには野外舞台がある。
  • 写真3 週末、野外舞台ではコンサートを開催されている。
    写真3 週末、野外舞台ではコンサートを開催されている。
  • 写真4 ブカレスト市内には330か所の投票場が、その一つは大学構内に設営された。
    写真4 ブカレスト市内には330か所の投票場が、その一つは大学構内に設営された。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員、研究部門長、首席研究員を経て退職、2025年より大阪工業大学、ブカレスト大学客員教授として研究を継続する。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。
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