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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2025年08月22日

近江谷 克裕
第 138 回 Elucをめぐる旅の物語-タイ・ラヨーンにて②-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
タイVISTEC(大学院大学)滞在中にお二人の日本人にお会いした。一人は大学院博士課程の2年生。材料物理学を専攻する彼は、VISTECの先生が作る新規材料の作り方を学ぶために滞在するそうだ。これまでもVISTECの先生が作った材料の物理計測を行っていたが、自分でも材料のサンプルを作成するため、その方法を学びに来たようだ。初めてのタイ、そしてVISTECでのひと月、無事生活できるのか心配とのこと。食事も美味しいし、大学の中も過ごしやすいと説明したところ、少しは安心したようだ(写真1‐4)。

お会いしたもう一人は、“PET材料を生分解する菌”を見つけた京都工芸繊維大学の名誉教授の先生。学位審査と、併せて菌の単離同定法を伝授するために2週間ほど滞在するそうだ。先生によると、これまでもタイの研究者とともにタイの自然環境中から菌の抽出を行ってきたとのことで、タイは北から南までくまなく歩いた経験があるそうだ。今回はVISTECの若手准教授の誘いで滞在することになったようだが、やはり、直接一緒に活動することが重要とのこと。先生のパワーの源は好奇心とタイなどアジアの人々に寄せる思いのようだ。

私が、産総研を退職しVISTECで招へい教授をしているが、65歳を超え、研究をどこまで続けるのかわからないと話したところ、「まだまだ若い、私は81歳」と答えられ、今後の研究活動にエールを送っていただいた。「まだまだ若い」という一言に、身が引きしまる思いをした。実は、私はVISTECと招へい教授プラス研究顧問として契約を結ぶことになった。何かをしなくてはいけないというよりは、若手研究者への助言や実用化研究への橋渡し的な役割を担うことになりそうだ。まだ、具体的な役割は見えてはいないが、タイの若手研究者と何かをやろうという意識、そして育成したいという気持ちを保ちたいと思っている。

最近の研究者社会を見ていると、確かに日本の研究者の評価は高いが、日本から他国への「知の財産」の一方通行はなくなりつつあるようだ。特に地道な基礎研究に立脚した「知の財産・経験」は台湾やASEANの国々でも充実し始めたのではないだろうか?日本の変化の一つは研究成果の社会実装という言葉に踊らされ、さらには研究者を評価する軸がぶれ、基礎研究がおろそかになる現状にあるような気がしている。とはいえ、日本の研究者が基礎研究を望んで、他国へ移動するという現象が少ないのも現実なので、日本人研究者の世界的な評価は下降気味かもしれない。そんな中、発展途上国の研究者たちの一部が、日本人研究者などに教わった技術を継承し基礎研究を進めることで、基礎研究力を蓄積しつつある。先進国からの一方的な流れはなくなり、双方的な学問の世界が生まれつつあるように思える。

さらに、「知の財産」はWEB上での論文公開によって、どこでもどんな国でも得ることが可能になり、その上AI技術を活用することで誰でも同じような技術で社会課題を解決できる時代になりつつある。日本人ファーストなど恥ずかしい限りだし、技術立国日本という言葉も空虚に感じる。では、日本人研究者は何をすれば良いのだろうか?やはり、基礎研究に立脚したゼロから1を生み出すことではないだろうか?そして国外の研究者との連携を含めた双方的な共生型研究スタイルが一つの答えだろう。この年齢で研究の将来像を語るのは少し気恥ずかしいが、そんな研究社会の実現を後押ししたいと思うこの頃である。
  • 写真1  VISTECの学食の朝食はご飯とおかず2品は40バーツ、160円なり。
    写真1  VISTECの学食の朝食はご飯とおかず2品は40バーツ、160円なり。
  • 写真2 VISTECの研究棟、遠くにナノチューブのモニュメントがある。
    写真2 VISTECの研究棟、遠くにナノチューブのモニュメントがある。
  • 写真3 VISTECのキャンパス内は緑にあふれている。
    写真3 VISTECのキャンパス内は緑にあふれている。
  • 写真4 VISTECは今年で10周年のアニバーサリー。花とともに論文の展示がある。
    写真4 VISTECは今年で10周年のアニバーサリー。花とともに論文の展示がある。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員、研究部門長、首席研究員を経て退職、2025年より大阪工業大学、ブカレスト大学客員教授として研究を継続する。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。
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