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連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年01月21日

近江谷 克裕
第71回 Elucをめぐる旅の物語-ルーマニア・ブカレストにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
世界を巡ると、素敵な研究者に出会うことがある。11月のカロリンスカ研究所での行事を終えルーマニアに向かった。ルーマニアではNATOプロジェクトの共同研究者の一人Eugen Gheorghiu所長のバイオダイナミクス国際センターを訪問した(写真1)。そこで出会ったのが、小さくてパワフルなCarmen Chiifriuc教授であった。素敵な研究者とは彼女のことである。

ルーマニアのCarmen先生。カルメンといえば、歌劇カルメンを思い出す方も多いだろうが、まさにカルメンである。歌劇の主人公はジプシーの女性と設定されているが、スペインでは珍しい名前では無い。また、ジプシーの多くはロマ人であるが、欧州の中でも、とりわけルーマニアにはロマ人が多く、カルメンという名前は、ここでも珍しい名前ではない。しかし、私にとっては初めてのカルメン。日本ではお目にかかれないほどの“情熱的な女性研究者”であった。まるで歌劇カルメンのように、、、

Carmen先生はブカレスト大学出身の微生物を専門とした研究者であり、パスツール研究所でポスドク生活を過ごした。その理由は飛行機嫌いなので、飛行機で行かなくても良い場所としてパスツール研究所を選んだらしい(それだけではないだろうが、、)。彼女は40代だが、一見するともっと若く見える。実は3-4名のポスドク研究者、10名程の大学院生も在籍するビッグラボのボスでもある(写真2)。彼女もまた、カロリンスカで聞いた5%の戦いの勝者である。彼女曰く、「ルーマニア政府には基礎研究に資金を出す余力はないが、EUやアメリカから研究費は獲得できる。私は、その可能性にかけている」。

バイオダイナミクス国際センターはブカレスト大学植物学科の建物に隣接しているが、彼女のラボは少し遠い。彼女が徒歩で行っても良いかと尋ねたので、歩いていくことにした。30分程の道のり。その途中でも彼女は黙っていない。研究のことを話したかと思うと、急に建物の話になる。なんでも、ブカレストは時代と共に異なる様式で建てられた家々が多く、彼女の好きな様式、嫌いな様式があるそうだ(写真3,4)。が、その好き嫌いを押し付けてくるのである。そういう点ではイタリア人に似ているのかもしれない。やはり、根っこは同じローマ帝国の末柄なのだろう。

とはいえ、EU内での移動費や宿泊費をすべて負担してくれたのは彼女である。呼んでくれたはずのGheorghiu所長は、ちょっと研究費の懐事情が悪いとの事で、彼女がその“研究者気(不思議なことに男気はあるが、女気はない)”で負担してくれたそうだ。さらに、夏に来るなら、また、面倒をみますと言ってくれた。夕方になると、Carmen先生は、これから講義だと、また30分の時間をかけてブカレスト大学植物学科の建物に戻っていった。とにかく、そのパワーには圧倒された。

一人の研究者を通してみたルーマニアは魅力的な国であった。彼女は、少々?国に、世間に、文句を言いながらも、自分の力で後継を育て、さらには、たまたま来た外国人をもてなしてくれる。そうたやすいことでないはずだ。夏にはまた、ルーマニアに行こう。Carmen先生が自慢する花々を見るためにも。彼女を見ていて思うことは、変えようと思えば、一人でも世界は変わるのかもしれないということ。そんな素敵な研究者に元気をもらった。
  • 写真1  バイオダイナミクス国際センターの玄関前(私の隣の女性がChiifriuc教授、そして後ろがGheorghiu所長)
    写真1  バイオダイナミクス国際センターの玄関前(私の隣の女性がChiifriuc教授、そして後ろがGheorghiu所長)
  • 写真2 ブカレスト大学のChiifriuc教授のラボメンバーの一部と記念写真
    写真2 ブカレスト大学のChiifriuc教授のラボメンバーの一部と記念写真
  • 写真3 ブカレスト市内に点在する家屋(どちらの様式が好きか忘れたが)
    写真3 ブカレスト市内に点在する家屋(どちらの様式が好きか忘れたが)
  • 写真4 ブカレスト市内に点在する家屋(どちらの様式が好きか忘れたが)
    写真4 ブカレスト市内に点在する家屋(どちらの様式が好きか忘れたが)
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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