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連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年05月21日

近江谷 克裕
第63回 Elucをめぐる旅の物語-ふたたびタイ・ラヨーン県にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
4月のタイはとにかく暑い。雨季が始まる前のこの時季は40度近くがあたりまえだ。3月の始めもタイにいたのだが、これほど暑くはなかった。なぜか、こんな時期に大学院大学VISTECで2日間の集中講義を行っている。今年で2年目。わざわざ呼んでいただくわけだが、暑さには閉口する。どうも4月中旬から始まる水かけ祭り(ソンクラン)の休暇前に講義を終わらせてしまいたいとの思惑があるようだ。とはいえ、建物の中は涼しく、講義する部屋は寒いくらいだ。

講義内容は全く自由なわけでなく、先方の先生よりお題が与えられ、それに応える必要がある。そのため、珍しくまじめに数か月前から講義の準備をコツコツとしている。同じ講義ができないというのは、日本のマンネリ講義に慣れた私には少し新鮮だ。ただ、日本と違って、学生たちがわかっているのか、いないのかは別にして、寝ないで聞いてくれるので、気分よく講義ができる点は日本と違ってストレスはない。

VISTEC滞在中のもう一つの仕事は2名の大学院生の学位研究の指導である(写真1)。タイの学生たちを見て感じるのは「ひた向きさ」である。当たり前のことなのだが、彼らは指導教官の話はしっかり聞く。また、思い付きの提案でも、先生の指導に従い、何らかのレスポンスはする。傍で見ていて、そんなに先生のコメントが正しいとは思えない場面にも出くわすが、それこそ彼らなりの「ひた向きさ」の表現なのかもしれない。

VISTECも3年目を迎え、当初の予定された建物の建設も終わり、大学院大学として本格的に始動している(写真2,3)。また、プールもでき、講義の後は水泳でリフレッシュできるなど、さらに食堂が増設されるなど、研究、教育面以外でも充実している。そして来年夏には初めての学位を出すことになるそうだ。私が指導する彼らも、まずは研究者としての第一歩を踏み出すことになるのだろう。この大学と付き合ったことで、タイの教育環境が日進月歩で変化していることを実感する。一方、日本の教育環境、研究環境に閉塞性を感じてしまうのも事実。

さて、タイには3つのお正月行事があるという。西暦のお正月、中華圏の旧正月、そしてタイ伝統の旧正月のソンクランである。ソンクランは日本のお釈迦様の花祭りに似ており、仏像に水をかけてほこりを落とし清めるという儀式がある。その延長戦に若い人たちは両親や目上の人に対して、尊敬の念を込めて、手のひらに花びらの漂う水を注ぐ風習もある。VISTECの友人の研究室では、ソンクラン休暇の前に、感謝の言葉と共に先生の手のひらに水を注ぐ行事が恒例だ。時には涙しながら感謝の言葉を述べる学生もいるそうで、まさに荘厳の儀式である。先生冥利に尽きるというのが友人のコメントである。

実は今回、私もソンクランに参加した。帰国前にタイの国立研究機関に立ち寄った際、共同研究者の方々から水掛けをしてもらった。日本ではこんなに素直に感謝の言葉を告げられることが無いので大いに照れてしまった(写真4)。最近、日本では虚礼廃止で、年賀状も中元、歳暮も廃止の風潮。でも先生や上司に素直に感謝?の情を表す行事があっても良いのではないだろうか?そんなこんなで、私ならストレス社会の緩和剤として水かけ祭りを提案したい。しかし、多分、儀礼(虚礼?)が必要か必要でないかの水掛け論で終わってしまうだろう。
  • 写真1 VISTECの教え子たちとの一コマ
    写真1 VISTECの教え子たちとの一コマ
  • 写真2 VISTECの建物、奥に新棟が完成
    写真2 VISTECの建物、奥に新棟が完成
  • 写真3 VISTEC内の風景
    写真3 VISTEC内の風景
  • 写真4 水かけのセレモニー
    写真4 水かけのセレモニー
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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