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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2024年04月22日

近江谷 克裕
第122回 Elucをめぐる旅の物語-インド・シロンルにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
生物や社会の多様性とは?とインドで考え込んでしまった。2月下旬にインド北東部、メーガーラヤ州シロンの会議に参加した。メーガーラヤ州はバングラデシュの北、インドアッサム州の南に位置する。この州は1,000m級のシロン高原全体を指すが、飛行機で降り立ったアッサム州ゴハティが30℃以上の気温であったのにも関わらず、南に向かって高原を上った先のシロンの街は少し寒いくらいの街であった(写真1、2)。この街は大英帝国が統治していたころの避暑地ということだが、確かにインドにあっては快適な場所なのだろう。

シロン高原は世界でも有数の降水量を誇る。これはベンガル湾からの湿った暖かい空気が、この台地に豊富な雨をもたらすためであり、豊かな森には多種多様な動植物群が生息している。参加した会議でも、この地方には豊かな生物多様性と共に多くの薬草などが存在することが紹介された。まさに会議の目的は、インド政府が進めるインド北東部への大規模支援の枠組みに日本人研究者が参加するための事前打ち合わせであり、日本側には有用物質の探索と、そのメカニズムの解明が期待されている。

インド北東部とはメーガーラヤ州やアッサム州を中心とした7つの州を指し、インドの総面積の約7%、総人口の約4%だが、インド政府はここに科学技術予算の10%以上を投資しようとしている。これは他の地域から比べれば未開発の地域であること、もう一つとして地政学的に中国の影響を受けやすいことに起因するようだ。前回も記したが、インド政府の考えは明白だ。開発が進んだ場所は民間が、開発が遅れた場所は、国が積極的に支援する方針だ。

メーガーラヤ州は多くの少数民族がいて、言語も多彩である。チベット・ビルマ語系とモン・クメール語系の民族が多いようだが、宗教的には大半の人々がキリスト教徒である。南インドやゴアなどの地域もキリスト教徒は多いが、これほどキリスト教徒が多いのは、インドでもこの地域だけだろう(写真3)。早い時期に大英帝国が統治した結果なのかもしれないが、インドという国の多様な面を再確認した。一方、シロンの街自体の風景は他のインドの街とは変わらない。おそらく、この数10年で街はインド化されたのだろう。異なる景色といえば、肉屋の前では豚肉を裁いていることぐらいかもしれないが、これもインドという国をよく表している。

インドを旅して思うが、多様なインド社会というが、政府の方針もあり、社会的な多様性は失いつつあるように思える。また、開発が進めば、自然界の多様性も失われるだろう。インドの街々にはモディ首相の看板が目立ち、プロパガンダを得意とするモディの統治戦略は明確なようだ(写真4)。多様な社会より、均一社会の方が彼もやりやすいのだろう。

さて、日本に目を向けると、日本社会は多様性を重視するという掛け声はあるが、本当だろうか?大学を含めた研究機関は民間との共同研究を重視、社会実装という意味不明な言葉に多様性を失いつつある。その結果、多様性を生むような基礎研究への投資は減りつつあるのが現状だ。また、生き方の問題として、多様な性、障害者の自立、果ては転職や田舎暮らしなどが紹介されるが、それが多様なものなのだろうか?形ばかりの多様性で、そこには精神の多様性が感じられない。旅をしながら、社会、自然界の多様性とは何か?その維持は?など、多くのことを考えさせられたが、答えは未だない。が、違和感だけは残っている。
  • 写真1 シロンの街に入る手前の湖に沈む夕陽。
    写真1 シロンの街に入る手前の湖に沈む夕陽。
  • 写真2 シロンの街の中、インドの他の街とは変わらぬ雑踏と建物。
    写真2 シロンの街の中、インドの他の街とは変わらぬ雑踏と建物。
  • 写真3 シロンのあちこちに教会が目立つのが、この街の特徴。
    写真3 シロンのあちこちに教会が目立つのが、この街の特徴。
  • 写真4 インド各地に立ち並ぶモディ首相の啓もう活動の一端。
    写真4 インド各地に立ち並ぶモディ首相の啓もう活動の一端。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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