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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2015年05月16日

近江谷 克裕
第15回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- ニュージーランドにて①
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ニュージーランドでトンボを見つけることは難しい。3月にニュージーランドへ光る生物の採取に行った。一緒に参加した研究員がトンボ大好き人間であり、光る生物の採取の合間にトンボを探した。しかし、豊かに見える緑の大地の中で、結局見つけることはできなかった。ニュージーランドの北島は多くのシダ類が存在する亜熱帯であるが、昆虫は極めて少ない。ちょっと離れてはいるが、ニュージーランドの隣の島のフィジー島(北に約2,000km)なら一日に数十種類のトンボを見つけることができたのに。

ニュージーランドにはユニークな発光生物が2種類いる。アラキノカンパとラチアである。アラキノカンパはツチボタル(実はヒカリキノコバエの幼虫)ともいわれ、オーストラリアにも生息する。ワイトモ洞窟など観光資源となっているので、ご存じの方も多いだろう。もう一つのラチアはニュージーランドにしか生息しない発光貝。淡水で唯一発光する生物である(写真1)。簡単に採取できるが、ニュージーランド人で研究するものは、ここ最近はいない。観光資源でもないので、ニュージーランド人の多くが、存在さえ知らないだろう。

さて、私の研究対象は、この忘れ去られつつあるラチアである。研究を始めて10年以上になるが、お世話になる国立水環境研究所(NIWA)の方々に、まだやっているのかと不思議がられてしまう。でも、面白いのである、生物発光の根本にかかわる問題が謎なのである。ラチアの発光は典型的なルシフェリン・ルシフェラーゼ反応であり、下村脩先生のお蔭でルシフェリンの構造はわかっている。また、ルシフェラーゼも精製され、その構造もほぼわかっている。

では、何が面白いのか?肝心な、何が光っているのかが不明なのである。以前にも説明したが、一般に、生物発光は基質ルシフェリンが酸化され、その励起状態で基質自身が光を発することになる。そのためには酸化した状態のルシフェリンは蛍光性をもつ必要がある。しかしながら、ラチアのルシフェリンにも、その酸化物にも蛍光性が無い。なぜ発光できるのか?その謎は解明されていない。いろいろと挑戦はしているが、わからなくなると、もう一度、原点に戻って、ラチアを採取することから仕事を再開する。今回もNIWAの方から許可をいただき、大好きなピロンギア山の渓流(写真2,3)でラチアを採取した。

ニュージーランドは島国として極端に外来種を嫌がる。これは当然なこと。島国では外来種の侵入により農産物の生産が大打撃を受けるからである。私の目に映る緑の大地は、焼いた後の牧草化した産物。確かに放牧には適しているが、生物の多様性が失われた大地である。トンボを探すことにさえ苦労するありさまに、なぜ、ユニークな二つの発光生物が生き残ったのか、不思議に感じる。なぜ、この島にいるのか?水中昆虫もまばらな渓流は何も教えてくれない。

今回の旅は5年ぶりの訪問であった。一番驚いたのは、街の中華の店が減り、すしを始めとした日本料理の店が増えたことである。そこでは弁当(写真4)も食べることができた。ニュージーランドがもっとも恐れる外来種、日本食が急速に小さな町にまで侵入しているのである。しかし、おかしいぞ、味が日本料理でない。そうだ、ニュージーランの日本食という外来種は、在来種が化けたもののようだ。これなら、在来種に危険はなさそうだ。
  • 写真1: 
発光貝ラチアは石の後ろ側に生息する
    写真1:
    発光貝ラチアは石の後ろ側に生息する
  • 写真2: 
ピロンギア山をハミルトン市郊外から望む
    写真2:
    ピロンギア山をハミルトン市郊外から望む
  • 写真3: 
発光貝ラチアを採取する渓流
石の下にラチアは生息する
    写真3:
    発光貝ラチアを採取する渓流
    石の下にラチアは生息する
  • 写真4: 
ニュージーランドで見つけた焼肉弁当
    写真4:
    ニュージーランドで見つけた焼肉弁当
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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