カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2015年08月18日

近江谷 克裕
第18回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- ふたたび中国雲南にて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
そこに有るとしても、誰もが気づくものではない。私に見えていても、誰もが見ているものではない。産総研のトンボ博士こと、二橋研究員と雲南省チベット地方を調査した。彼の目に映るトンボの姿は私の目でとらえることは難しい。そんな彼に、たくさん咲いていたアイリスは原種かなと尋ねたところ、彼は存在に気付いていなかった。動いているものならまだしも、そこに生えているものさえ、見ようと思わなければ見えない。でも、このアイリスは標高3,500mのチベット高原に咲く原種に違いない。感動もののきれいさなのに(写真1)。

八月の初旬、昆明から車で700km以上先のシャングリラに出かけた。高速道路ができたおかげで、以前なら3日もかかった行程が、11時間ちょっとで行くことができた。シャングリラは雲南省の北西部、チベット高原の南の端であり、蔵(チベット)族の自治県の一つである。桃源郷と表現されるが、冬は長く、閉ざされた環境であるものの、その短い夏は花々に囲まれた、まさに桃源郷である(写真2)。

今回の大きな目的は、3,400mの人里離れた山奥に生息するシャングリラホタルの採取である。通常ホタルは初夏の風物詩でもあり、暖かい時期に飛翔する昆虫である。しかしながら、シャングリラホタルは気温10度くらいの環境に生息、強い光を発している。考えてみれば富士山の頂上より高い場所であり、実際、ちょっと走ると息切れする。空気の有難味を感じながらの採取。寒いし、息が切れるはで、みなさんが思う以上にきつい採取となる。それでも、手元で光るホタル(写真3)をみると、来てよかったと感じる。本当に美しいのである。

さて、ホタルの発光はルシフェリン・ルシフェラーゼによる発光であると再三、述べてきた。この反応にはATPと酸素も必要である。当然、明るい光を発するのは、これら4つの因子が最適化されなくてはいけない。前述したようにシャングリラホタルはゲンジボタルに比べてもそん色なく明るい。これが問題なのである。ATPはすべてのエネルギーであり、寒い環境で飛翔するためには、いよいよ必要となる。一方、酸素は3,400mまで登れば稀薄であり、生物にとっては重要なはずである。

シャングリラホタルの研究対象としての魅力は、まさにここにある。少ない酸素と貴重なATPを使っても十分に発光するには、何か秘密があるはずだ。それを知りたいというのが、私の狙いである。違う視点であるが、がん組織ではがん細胞は低酸素状態になる。光るがん細胞を生体内で可視化した場合、低酸素のため、十分に追跡できないという現象にぶち当たる。シャングリラホタルの仕組みの解明は何かに役に立つのかもしれない。

帰り道の麗江で一人の少女と出会った。ドライバーさんの友人の娘さんだ(写真4)。13歳の彼女は英語を習っており、麗江の古城の案内をしてくれた。麗江の城を作ったのは納西(ナシ)族。彼女はその貴族の末裔であり,納西族の偉業を誇らしげに語ってくれた。ところで、彼女に行きたい国はと、尋ねたところ、「日本」と答えた。どうして?「Environment」そして「Honesty」。意外な答えだった。遠く麗江のお姫様の目には、私には見えない日本が映っているのかもしれない。或いは、歴史に翻弄された少数民族の一少女の目からみた幻影かもしれない。そうであったとしても、うれしい出会いだ。
  • 写真1:シャングリラ地方の
3,500mの高原に咲くアイリス
    写真1:シャングリラ地方の
    3,500mの高原に咲くアイリス
  • 写真2:シャングリラ地方の
3,500mの高原に咲く植物
    写真2:シャングリラ地方の
    3,500mの高原に咲く植物
  • 写真3:シャングリラのホタル
    写真3:シャングリラのホタル
  • 写真4:麗江で出会った
納西族の少女と麗江の古城にて
    写真4:麗江で出会った
    納西族の少女と麗江の古城にて
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn