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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2015年09月16日

近江谷 克裕
第19回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- 青海にて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
文字に書けばわかることが、声を出した途端、わからなくなることがある。中国と日本の微妙な関係も、こんなところかもしれない。たとえば、上海は「しゃんはい」で、「じょうかい」ではないのに、ワープロでさえ「しゃんはい」で上海となる。それなのに成都は「せいと」でしか成都は入力できなし、「こんめい」でしか昆明とならない。正確には「ちゃんでぅ」であり、「くんみん」なのに。ニュースでも「せいと」と「こんめい」である。日本人は中国の地名(漢字)を勝手に中国の発音で表現する場合と、漢字の音読みで表現する場合がある。これでは、相手だって違和感を持つはず。ニュースで「中国こんめいで事件がありました」は、私でもピンとこない。

8月、雲南省から青海省西寧市に向かい、中国科学院を訪問した。青海とは「チンハイ」の事(ニュースでは「せいかい」か)。招待してくれた研究者の奥さんが「チンファ大学」の大学院に進学するとの話題。地元の大学院に進学するのですね、との会話に、先方は唖然。急に話に詰まってしまった。ご存じの方は、私が聞き違いした「チンファ大学」とは、名門「精華大学」のことであり、本人のプライドを大きく傷つけたようである。でも、NHKニュースでも「せいかだいがく」って言っていた。漢字を使う民族同士特有の問題であるけど、難しいな。

言葉とは難しいものだと思い知らされるが、文字に書くことによってわからなくなることもある。私の研究するルシフェラーゼであるが、遺伝子がクローン化されると、遺伝子ベースでアミノ酸の配列を変え、酵素の特性を改変する研究がある。このエッセイの出発点であるElucは天然に存在する明るいルシフェラーゼ酵素であり、我々の研究により、さらに細胞での発光強度を高めた酵素。私たちは高強度ルシフェラーゼとも呼んでいる。

しかし最近、ホタルのルシフェラーゼではないが、構造を改変することで発光強度が向上したものを高輝度ルシフェラーゼと命名した研究者がいる。待てよ、輝度はcd/㎡で表せられる光源の分布だし、方向によって変わってしまうから、ルシフェラーゼの強度を表すには不適当だ。ちょっと意味が違う。イメージとしてはわからなくもないが、文字にして良いものであろうか?文字にしてしまったおかげで意味がわからなくなってしまうこともある。

さて、青海はチベット高原の北東の端っこ、黄河の源流の地でもある。源流好きの私にはたまらない景色である(写真1)。とはいえ、ここから河口まで、まだ4,000km以上あるのに川幅は広い(写真2)。これまで紹介した長江、エニセイ川に続くアジアで3番目に大きな川であり、そのスケールは中途半端ではない。最初の一滴など、探すこと自体、無理な話であるが、なんでもオリジナルが見てみたいから、源流は好い。

我々は川のほとりの湿原でトンボを捕まえた(写真3、4)。ギンヤンマ、シオカラトンボなどなど。同行のトンボ博士こと二橋研究員によると、青海のトンボは北海道のものに似ていて、雲南のトンボは本州以南のものに似ているとか。チベット高原の北と南の違いが日本と共通する。生物進化的には当たり前のことかもしれないが、中国大陸のフィールドを歩けば歩くほど、驚くほど日本との深い関係を想像できる。文字で読んでもわからないものも、話を聞いてもわからないものも、目で見て、手に触れればわかることはたくさんある。
  • 写真1:黄河の源流。中国人も大好き?
    写真1:黄河の源流。中国人も大好き?
  • 写真2:黄河の源流とはいえ、
まだ川幅は広い。
    写真2:黄河の源流とはいえ、
    まだ川幅は広い。
  • 写真3:黄河の源流近くの湿地
(大ゲンゴロウも、トンボもいる)
    写真3:黄河の源流近くの湿地
    (大ゲンゴロウも、トンボもいる)
  • 写真4:採取した糸トンボの青がきれい。
    写真4:採取した糸トンボの青がきれい。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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