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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年02月17日

近江谷 克裕
第24回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- いつもの中国、昆明にて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ホテルの窓から見る昆明の街はあまりに変わっていた。白酒(バイジュー)を飲み過ぎた頭がおぼげにリセットされた。1、2年前にホテルの近くにあった市場やアパート群は高層マンションに姿を変えていたのだ(写真1,2)。あのおんぼろアパートの住人は、高層マンションに住めたのだろうか?あの市場の揚げパン売りのおばさんはどうしたのだろう?

仕事も一段落した時、ポスドクだった李学燕博士が郊外の大規模な新興住宅街に連れて行ってくれた (写真3,4)。何でも新しい名所ということで、多くの市民が訪れていた。思い出せば、五年くらい前は小さな川辺の田舎の村だと記憶する場所は、人工的に作られた滝と小さな湖のある住宅街に変貌していた。周りには大小の建物が立ち並びつつある。既に住んでいる人もいるようだが、開発は道半ば。しかし、ここは昆明市内から、あまりに遠い。

中国の住宅街で驚かされるのは、日本なら初めに公共交通を確保してから街を建設するだろうが、中国では都合よく潰せる郊外の村々を取り壊し、そこに大規模な住宅街を作ることだ。そのため、市内に向かう道路はいつも渋滞。逆に、中心街が空洞化しつつある。李さんの旦那に言わせると、昆明周辺では住宅を作りすぎて、どこ彼処に空き部屋も目立ち始めているとのことである。

さて、李さんは中国科学院昆明動物研究所に所属、中国のホタルの遺伝子の系統解析を行っている。雲南には一体、何種類のホタルがいるのか?彼女とはそんな話を続けている。しかしながら、彼女もホタルだけをやっているわけではなく、ボスの王教授のもと、ゲノム編集の仕事に関わっている。彼女のグループでは、蝶の形態や羽の文様の変化が遺伝子機能の指標となることから、蝶を対象にゲノム編集の研究をしているらしい。以前、緑色蛍光蛋白質遺伝子を導入した緑色に光るブタの話をしたが、中国では新規の遺伝子操作実験の塀は意外に思うほど低く、最先端の研究テーマをいとも容易く実施している。

偏見かもしれないが、中国の研究者の生命倫理に関する問題意識は日米欧より低い。これは生命観や宗教観の違いによると考えるより、中国人研究者が日米欧に比べて遅れて生命科学研究に参加したことによると思われる。つまり、中国人研究者は、日米欧の研究者や研究を見守る市民が研究の進展上に理解した生命科学研究の倫理や社会的な影響に関わる問題意識を共有していないのである。よって、彼らは深く生命倫理を考えなくても、或は市民の目を気にしなくとも、最先端の研究に挑戦できることになる。最近、聞いた話では中国人研究者がゲノム編集をヒトに応用しようとしたため、逆に日米欧では後追いで規制を作らなくてはいけない状況になっているらしい。

私には中国の科学と都市の変化は符合するように思える。都市はあくまでも人間生活の営みの延長に生まれるものであり、都合よく(経済的な都合のよさだが)作られるものではないはずである。一方、科学も積み上げたものの中からこそ、次の何かが生み出されるのであって、多くの基盤的な研究が次の科学の進展を支えるはずである。また、失敗経験などに培われたリスク管理や歴史から学んだ倫理性が科学を支えているはずである。中国の社会の持つ危うさを、嫌いな国でないので余計に感じてしまう。
  • 写真1: 昆明のホテルの窓から見た景色
古いアパート、新しいアパート群が混在
    写真1: 昆明のホテルの窓から見た景色
    古いアパート、新しいアパート群が混在
  • 写真2: 昆明のホテルの窓から見た景色
ここには市場もあった
    写真2: 昆明のホテルの窓から見た景色
    ここには市場もあった
  • 写真3: 昆明近郊にできた人工都市
滝と人工湖そして建設中の住宅街
    写真3: 昆明近郊にできた人工都市
    滝と人工湖そして建設中の住宅街
  • 写真4: 人工都市は市民の憩いの場?
    写真4: 人工都市は市民の憩いの場?
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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