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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年03月17日

近江谷 克裕
第25回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- ブラジル、ソロカバにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
カシャーサがこんなに深い味わいであることに始めて気がついた。いつもなら、たっぷりのライムと砂糖を入れた冷えたカイピリーニャで酔いを楽しんでいたが、初めて奥深さを知ってしまった。カシャーサはブラジルでは、ごく普通に飲まれるサトウキビの搾り汁を発酵させ、蒸留したお酒。日本人には馴染み深くないが、世界で二番目に消費量が多い蒸留酒である。初めて50年もののカシャーサを飲んだが、本当に美味しかった(写真1)。

4月から私の研究室に来るGabi嬢のおじいちゃんはカシャーサの小さな蒸留酒所を営んでいた。お父さんの代になって蒸留酒所は閉じてしまったが、その頃、仕込まれた樽は熟成を重ねていた。1966年に作られたものは、既に50年の時を迎えている。Gabi嬢のパパ(写真2、この方は何と、フリーメイソンのメンバー。Tシャツに注目)から、お裾分けいただいたお酒が写真のもの。樽の材質せいか、琥珀色ではなく、エメラルド色の混じった琥珀色にびっくり。Elucエメラルドルックらしい物語りだが、これは本当のこと。

さて、以前も記したが、ブラジルの生物は多種多様であり、驚くほど変わったものがいる。私の友人でGabi嬢のボスであるサンカルロス連邦大学のViviani先生は、ここ数年、アマゾンの流域の発光生物を調査している。一回の調査で5,000キロ走破するというのだから、ブラジルは広い。ブラジルの地図上の赤い点が訪問した地点を示しているが、まだまだアマゾン奥地までは到達していない(写真3)。惜しくも著作権の関係で発光生物の写真は出せないが、とにかく「すごい」の一言に尽きる。鉄道虫もここまで多様かと驚かされた。

Gabi嬢は日本で短期間ではあるが研究することになる。彼女の研究対象は温度によって発光色が変化するブラジル産ホタルのルシフェラーゼである。このホタル自体をサンパウロ郊外の演習林で観察したことがある。夕闇迫る頃には黄色の光を放っていたが、暗闇の気温が下がった深夜には緑色に変化していた。この現象は化学的にはすぐに説明はつくとは思ったが、これは進化の中で身に付けた生存競争に勝つための手段と思ったとき、あらためて生命の不思議さに畏敬の念を持った。

Gabi嬢はこのルシフェラーゼを解析し、温度以外にもpHに素早く応答して変化することを見出している。今回のプロジェクトは、このルシフェラーゼを生きた細胞内で、何らかのセンシングに使えないかと研究することである。細胞への刺激の違いを発光色の変化で評価できたら、あるいは細胞小器官の変化を追跡できたらと夢想している。

ところで、私の好きな蒸留酒ウイスキーはスコットランドのアイラ島や北海道余市など、厳しい自然の中で熟成され、うまみを発揮する。それに比べ、カシャーサはブラジルの温暖な自然の中で熟成される(写真4)。これまで熟成とはストイックな環境の中で行なわるものと思っていたが、少し考えをあらためる必要がありそうだ。飛躍になるかもしれないが、熟成と人材の育成は似ているかもしれない。経験的に厳しく指導するから育つものではないという点、そして、長時間にわたって見守るという点は共通のような気がする。そういえば、Gabi嬢のパパによればカシャーサの味を決定するのは熟成する樽の素材だそうだ。お酒を見守る樽の重要性もまた、人材育成と同じかもしれない。あせらず見守る良い器にならなくてはと自戒した。
  • 写真1:50年もののカシャーサ
Gabi嬢のおじいちゃんの蒸留酒所のラベル
    写真1:50年もののカシャーサ
    Gabi嬢のおじいちゃんの蒸留酒所のラベル
  • 写真2:Gabi嬢のお父さん
樽からペットボトルに移したカシャーサ
    写真2:Gabi嬢のお父さん
    樽からペットボトルに移したカシャーサ
  • 写真3:訪問したアマゾン河地域を説明する
Viviani先生
    写真3:訪問したアマゾン河地域を説明する
    Viviani先生
  • 写真4:無造作に樽に詰められたカシャーサ
右下奥が1966年に詰めたもの
    写真4:無造作に樽に詰められたカシャーサ
    右下奥が1966年に詰めたもの
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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