カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年04月18日

近江谷 克裕
第26回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- ボローニアにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
街の中に大学があるのか、大学の中に街があるのか、わからなくなるのがボローニアだ。写真に写る景色の中の三分の一は大学で、その横には、普通の市民が暮らすアパート群である(写真1)。授業中、街は静かになるが、授業が終われば、道端のカフェやバーは人だかり(写真2)。楽しそうに仲間達と議論する学生の姿、恋人同士のじゃれ合う姿、そして一人で物思いにふける姿、やはりボローニアは学生の街だ。

ボローニア大学は現存する最古の大学ともいわれ、1088年に開学と公式に言われている。が、1067年には大学のような役割をあったとの記録も残っていた(写真3)。私たちが会議を行った建物は15,6世紀に建てられたものであり、あのガルバニ電池のガルバーニ先生が研究していた建物でもある。博物館も兼ねる建物では、今でも講義が行われるし、学生たちの自習室もある。図書館も充実しており、古い文献も閲覧可能である。そういえば、私の友人のElisaは大学でラテン語を学んでおり、古い文献を読むことの楽しさを語っていた。

大学に飾られた絵画のすばらしさ、天井画(写真4)のすばらしさは言うまでもないが、ここはモーツァルトがいた学び舎、ミケランジェロが描いた天井画など、一級品レベルのものに簡単に触れることができる。しかし、学生たちは、そんなことにお構いなしに過ごしているようにも思えた。常に校舎の壁は落書きされるようで、学部長の仕事は落書きを消すことだと、私の友人のRoda先生のコメントもボロネーゼらしい。学生たちと市民が一体化している姿に、これが本来の大学のあるべき姿に思えてきた。夜遅くまで路上で学生たちはお酒を飲んではいるが、酔っ払って騒いだり、寝込んだりするものはいない。

くらべて日本の大学はどうだろうか?郊外の広大な敷地の中の緑豊かなキャンパスもあれば、狭苦しい都会のキャンパスもある。でも、どこか彼らは市民とは離れており、少し縁遠い存在に思える。大学生が居酒屋を勝手にキャンセルしたことが誌上の話題になったりするが、ここボローニアなら一緒に暮らす市民がそんな学生を許さないだろう。ボローニアでは市民が大学を愛し、学生たちを見守り、育てている。日本に足りない何かが、ここにはあった。

さて、今回の旅の目的は新しいプロジェクトのキックオフミーティングへの参加だ。ボローニア大学のElisaはルーマニア、イスラエル、そして日本人の私が共同研究するプロジェクトを立案、それが採択されたのである。Elisaを中心として、これまで縁のなかった研究者同士の三年間のプロジェクトが開始された。新しい出会いとはいいものだ。

さてさて、日本の共同研究はどうだろう。仲間内の研究が多いように思えるし、資金元もまた、決して最終の研究成果に対して理想的な研究体制の構築というより、これまでの共同で行った研究成果の積み重ねを重視しているように思える。本当にそれで、良いのだろうか?今回のプロジェクトのユニークな点は、Elisaが自分の好みで、これまでの実績が関係なく研究体制を立案、研究シナリオを描き、それが採択された点である。一方、研究資金元は、研究資金を流用することはできないが、アウトカムを担うヨーロッパ内の企業等のマネージャークラスがボランティアとしてのプロジェクトの会議に参加することを義務付けている。如何に市民に納得してもらうのか、市民を参加させるのか、ヨーロッパらしいやり方にも思えた。
  • 写真1: 塔の向こう側はボローニア大学の
建物群
    写真1: 塔の向こう側はボローニア大学の
    建物群
  • 写真2: 講義後の大学近くのカフェ
壁の落書きも好いものは消されないらしい
    写真2: 講義後の大学近くのカフェ
    壁の落書きも好いものは消されないらしい
  • 写真3: ボローニア大学に現存する
最古の資料は1067年の記録が残る
    写真3: ボローニア大学に現存する
    最古の資料は1067年の記録が残る
  • 写真4: ボローニア大学の天井画の一部
全てが洗練されている。
    写真4: ボローニア大学の天井画の一部
    全てが洗練されている。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn