カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年06月21日

近江谷 克裕
第28回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- ワシントンD.C.にて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
議論はいきなり、小さな空間(容積)の話から始まった。細胞内の蛍光物質一個ずつを如何に計測することができるのか?この話だけで数十分続くのだから、不思議な世界だ。6月の第三週、私はアメリカ国立標準技術研究所(NIST)にいた(写真1)。

NISTは研究者三千名規模の研究機関であり、標準に関わる全ての研究を行なっている。米国では標準は国会戦略の一つの柱であり、政府は外部資金に頼らずとも研究できることを保証している。よって、彼らのプロ意識は高いし、その議論は本当に面白い。世界の標準は彼ら抜きに語れないし、彼らと協調することなしに、標準化の世界で戦っていくのは難しい。そう、標準化とは、ある種の戦争なようなもので、判断を間違えば、産業競争力が著しく低下する。

我々が訪問したのはNISTのバイオシステム・バイオマテリア部の建物。訪問先の研究部長であるAnne Plant博士とは蛍光や発光の顕微鏡イメージングの標準化に関して意見交換をこれまで続けてきた。この秋には産総研のS研究員が留学することになり、研究テーマの確認を行なうため訪問した。これまで、バイオ技術の標準化は遠い先に思えていたが、一昨年あたりから、ISO/TC276において活発な議論が始まっている。Anneと私は創薬や再生医療に関わる顕微鏡イメージングを標準化しようと目論んでいる、いわば同志である。

話題は細胞内の小さな空間、およそ0.4 fL(フェムトリットル:1Lの千兆分の一)の世界にある蛍光分子の数。ここまで細胞内の小さな空間になれば、蛍光分子を一個ずつカウントすることができるはず。問題は如何に正確にカウントするかである。そのためには、共通のスケールによって、カウントする方法を考えなくてはいけない。まだまだ始まったばかりであるが、標準ランプ(写真2)で校正された蛍光、或いは発光標準物質を用い、細胞内の極めて小さい容積の中の標準物質をカウントするところから始めれば、定量的な細胞イメージングが可能になると我々は考えている。

議論を進めるうちに、彼らから驚きの画像を紹介された。それは。iPS細胞の変化を追跡した画像であった。が、まばらに見えていた細胞群をクローズアップしていくと最後は一個の細胞が見えてくる。拡大・縮小を思いのままにできる画像は、なんとGoogle Mapの技術を細胞観察の画像処理に応用したそうだ。全ての区画でイメージ化された画像をマップ化したものであるが、NIST内の異分野の研究者同士のコラボレーションから生まれたそうだ。やはり、標準化のプロは違うと驚かされたし、自由自在に成果を生み出すアメリカの底力を改めて認識した。そんなことを考えながらトイレに入ったら、便器にAmerican Standardと表示されていた(写真3)。NISTは便器まで標準化しているのか?これ、本当?

前述したように標準化はグローバル社会における国家戦略の一つともなるが、当然、標準化されることで、人々は安心して一定の品質の製品を買うことできる恩恵を受ける。よって、標準化はグローバル社会において必要不可欠である。さて、2016年6月の第三週のアメリカは半旗だらけの異様な光景の中にあった(写真4)。フロリダのテロに対する哀悼を示したもの。私には原因を全て理解することはできないが、グローバル社会、国際競争の中で生まれた「闇」のようにも思えた。そんな現代社会に置いてきぼりされた人間の闇に。
  • 写真1:ゲートをくぐると見えるNISTの文字
    写真1:ゲートをくぐると見えるNISTの文字
  • 写真2:光の標準化に用いられる
標準発光ランプ各種
    写真2:光の標準化に用いられる
    標準発光ランプ各種
  • 写真3:NISTで見つけた米国の標準的な便器?
(American Standard?)
    写真3:NISTで見つけた米国の標準的な便器?
    (American Standard?)
  • 写真4:2016年6月の第三週は半旗一色の米国
NISTでの一コマ
    写真4:2016年6月の第三週は半旗一色の米国
    NISTでの一コマ
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn