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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年08月24日

近江谷 克裕
第30回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- 南インド・マニパルにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
雨期の南インドは空気が澄み、心地良い風がふく。8月初旬、アラビア海を望む南インドの地方都市のマンガロールに降り立った。こんなインドの典型的な地方の田舎町(写真1 )に、インドを代表する私立大学があるのか、不安になってしまった。が、田舎道を二時間くらい移動したら、学生数三万人規模を誇るマニパル大学の巨大なキャンパスと一体となった街が森の中に現れた。

マニパル大学は医学部を中心に1993年に開学し、インドでも五指に数えられる有名大学である。失礼かもしれないがインドの慶応大学と言っても過言ではない。既にマレーシアやドバイに分校を持ち、世界展開をはかっている。私の行なった講演にも、インドに混じってアジアやヨーロッパ、オーストラリア出身の学生たちが目についた。

例えば、マレーシア分校の学生の一部は、最初の二年間をインドで過ごし、三年目からマレーシアに戻って教育を受けるなどの工夫もなされている。また、私たちは大学が経営するホテルに泊まったが、観光学科の学生たちの実習の場でもあるとのこと。実学重視の大学として世界的にも人気を集めているようだ。昨今の日本の大学では学生数の確保が問題となっているが、マニパル大学の戦略は一つの答えになるのかもしれない。

我々は、この大学の生命科学学部との共同研究の協定を結ぶために訪問した。今後、学生の育成のための教育や天然物からの有用物質のスクリーニングなどの共同研究を実施する予定である。例によって教官や学生たちとの懇談の場で、ここ南インドには何種類のホタルがいるのかと尋ねたが、誰もが知らないとの答え。中国、インドなどでは、やはり生命科学は実学がベースであり、私の研究テーマの応用に興味があっても、基礎の発光生物学は研究の興味の対象とならないようである。

南インドでは黒衣の女性たちを多く見かけた。始め、イスラム教徒かと思ったが、インドはヒンズー教の国。よく考えたら南インドはジャイナ教の中心地であり、黒衣の女性はジャイナ教徒であった。帰国までの時間、私はジャイナ教の寺院を訪問した。うっそうとした森の中に点在する石造りの寺院(写真3)や、石造りの像(写真4)は、私も初めて目にするものばかりであり、荘厳な気持ちにさせられた。ジャイナ教徒はものを欲せず、厳格な生活を強いる教えだそうだ。北インドでは見かけない質素な村は彼らの住まいであった。

南インドはジャイナ教ばかりかというとそうでもなく森の中にはキリスト教の教会もあり、そこにも多くの信徒を見かけた。南インドは不思議な空間である。この緑深い森は多くのものを飲み込む力があるようだ。そうだ、マニパル大学が、どうして南インドを拠点にしたのか、数日の滞在であったが、わかったような気がした。少々田舎に、忽然と現れる実学の殿堂は、南インドの森の持つ包容力によるのだろう。

仲良くなった研究者の一人は南インドのランの収集を行っていた。南インドの多種多様なランを見せていただいたが、今度はホタルの採取を一緒に行なうことを約束した。この豊かな森は実学という目ではなく、基礎科学という目で見る必要がある。私の新しいミッションとしては、少し運命的な出会いかもしれない。森は私に何かを教えてくれるような気がした。
  • 写真1: マンガロール郊外の
バス停の前の風景
    写真1: マンガロール郊外の
    バス停の前の風景
  • 写真2: マニパル大学の敷地内、
図書館玄関の風景
    写真2: マニパル大学の敷地内、
    図書館玄関の風景
  • 写真3: 森の中に点在する
ジャイナ教の寺院
    写真3: 森の中に点在する
    ジャイナ教の寺院
  • 写真4: ジャイナ教の寺院に建つ仏像
    写真4: ジャイナ教の寺院に建つ仏像
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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