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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年10月24日

近江谷 克裕
第32回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- ふたたびアブダビにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
翻訳の作業は意外と楽しい。生物発光に関する読み物の翻訳を頼まれ、時間を見つけては作業を進めている。が、初めは面倒くさい作業かと思っていたが、刺激的な作業である。この著者は、こんな風に生物発光を見ているのか、この視点で説明するのか、こんな例を挙げるのかなど、普段、自分では、考え付かない構成が面白いのである。ともすれば、同じパターンに流されてしまう自分に、良い刺激になっている。

翻訳といえば、生命科学でも重要なキーワードである。細胞の中にあるDNAにはタンパク質を作る情報が書き込まれており、その遺伝子情報は転写、翻訳され、場合によって翻訳後修飾され、タンパク質として機能する。本を翻訳する作業もまた、まずは英語を日本語に直訳(転写)、それを読者にわかるように翻訳する。さらに日本人になじみやすい文章に意訳(翻訳後修飾)を繰り返すのである。この意訳が上手くできなければ本は売れないし、同じようにタンパク質も翻訳後修飾が上手くできなければ、異物として排除される。

9月初旬、二度目のアブダビ訪問を果たした。以前は10月下旬であったので、まだ、良かったが、今回は暑かった。毎日、外気温は40度以上。しかし部屋の中は20度ちょっとで、部屋から出ると脳みそも溶けだしそうな気分になる。夜、ビールを飲みに行ったが、パブは満員。仕方なく、テラスで飲んだが、まだまだ、外気温は40度より、少し涼しいだけ。急いで飲まないとビールが生ぬるくなってしまう。ビールを運んでくる給仕がドアを開けた瞬間の涼しさだけが頼りであった。

今回の旅でもニューヨーク大学アブダビ校の友人Pance先生を訪ねた。彼もアブダビに移って5年。テニュアポストを得たということでラボには10名のポスドクがいた。研究費も充実しており、うらやましい環境である(写真1)。この5年間の収入で、母国マケドニアにプール付きの別荘を建てたとか、うらやましい限りである。が、その努力は並大抵のものではないようだ。愚痴を言わない彼が言うのだから本当だろう。研究成果の発信だけでなく、学生たちの評価も重要なファクターのようだ。最近の日本人研究者は、何人がこれに耐えうるであろうか?

10人のポスドクの中で私の研究テーマである生物発光を研究するのは2名のポスドク。25歳で学位をとったばかりのStefan君(写真2)。ヨーロッパではポスドクのポストを探すことも大変であるとのこと。彼曰く、ここでは研究費も給与も、ヨーロッパでは考えられない待遇だそうだ。アブダビには優秀な人材が日々、集まりつつある。共同研究が楽しみである。

さてアブダビの街は砂上に出来上がった大都市。ニューヨークや東京より一見、洗練されている。絵に描いたようなこの街には絵に描いたような摩天楼(写真3)、ショッピングモール(写真4)、ホテルや公園がある。アブダビの都市開発は本の翻訳作業に似ているような気がする。外国で描かれた設計図が、砂上に転写され、次に頭が溶けそうな場所に翻訳されるのである。でも、どうも都市として違和感がある。公園は夜でさえ、歩く気にはならない。ショッピングモールはでかすぎて、買い物には疲れ果ててしまう。砂上の楼閣とは上手くいったもので、要は、都市がアラブの地に意訳されていないのである。翻訳後修飾とは難しいものである。
  • 写真1: ニューヨーク大学アブダビ校の
Panceの実験室の最新機器
    写真1: ニューヨーク大学アブダビ校の
    Panceの実験室の最新機器
  • 写真2: Pance先生(右端)、
Stefan君(中央)とPance先生の部屋にて
    写真2: Pance先生(右端)、
    Stefan君(中央)とPance先生の部屋にて
  • 写真3: アブダビの
巨大ショッピングモールにて 
やはり中は寒すぎる
    写真3: アブダビの
    巨大ショッピングモールにて
    やはり中は寒すぎる
  • 写真4: アブダビ市内の風景
摩天楼が乱立する
    写真4: アブダビ市内の風景
    摩天楼が乱立する
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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