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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2016年12月22日

近江谷 克裕
第34回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- シンガポールにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
シンガポールはどうも居心地が悪い。街がきれいすぎるためかもしれないし、全てが整然としているせいかもしれない(写真1)。何か油断できないという気持ちが、居心地を悪くしているのかもしれない。今回はタイからシンガポールに入国した。タイは国王の死去と共に白黒の世界であったが、それでも居心地の悪さを感じなかった。でも、華やいだシンガポールの居心地の悪さを感じるのは私だけだろうか?

シンガポールは三度目。12月のシンガポールはそれほど暑くなく、快適であった。チャンギ空港に着くと雨であったが、蒸し暑さを感じることもなかった。土曜日の昼下がり、高速道路の車も少なく(写真2)、20分ほどでホテルに着いてしまった。ホテルのレストランは観光客や地元の人であふれ、リゾート気分満点の世界であった。夜は中華街(写真3)に繰り出し、美味しい中華を食べ、お酒で盛り上がりもしたが、やはり居心地が悪いのである。

シンガポールがマレーシアから独立したのは1965年。「明るい北朝鮮」と揶揄する方もいる。が、確かに統制のとれ過ぎた都市国家である。世界第3位の一人当たりの国民所得。今では多くの日本人が住み、清潔で安全な都市は、間違いなく日本人の憧れの地の一つであろう。しかし、私のようなインドなどの混沌とした都市が好きな人間には不向きなのかもしれない。汚すぎるのは慣れるが、綺麗すぎるのは、その維持を想像するだけで面倒くさいと感じてしまうせいかもしれない

シンガポールでは共同研究先の一つであるM社R&Dセンターを訪問した。M社はシンガポールを中心にインドを含めた周辺諸国でのビジネス展開を考えている。また、ここシンガポールの研究拠点であるA*Star(シンガポール科学技術研究庁)傘下の研究機関との連携も考慮してのことらしい。最近のシンガポールの研究動向を聞いたところ、「食からの疾病予防」がキーワードの一つとのことであった。少し意外だが、シンガポールを始め、マレーシア、タイなどは、日本と同様に少子高齢化が進行しており、医療費を抑制するためにも「食」に目を向けていると教えていただいた。

さて、シンガポールで思いだすのは、日本軍占領下の昭南博物館や植物園のことである。昭南博物館には生物発光研究の先駆者の一人であり、初代横須賀市博物館の館長でもあった羽根田弥太先生が館長として在籍していた歴史がある。ここで先生は発光キノコや発光魚の研究を行っていた。

羽根田先生の著書「発光生物」の始めに、「徳川候の指揮のもとで、これら3名の敵国科学者を混えて、博物館、図書館、植物園の文化財は戦禍から守ろうという機運が6名の間にでき、協同研究者のような生活がはじまり、昭和20年8月の日本敗戦の日まで続いた」との回想が記載されている。敵国科学者の一人はラッフルズ植物園の副園長コーナー博士である。同氏の回想録「思い出の昭南博物館」を読んだ方はご存知かもしれないが、彼らが守った博物館、植物園は現存する。これを読むと、敵味方を越えた先に学問があった時代が、なんと楽しい時代のように思えて仕方がない。戦争は嫌だが、自らの意思で一つの目標に向かって共に生きること、生活することは居心地が良いものなのかもしれない。
  • 写真1:整然としたシンガポールの街並
    写真1:整然としたシンガポールの街並
  • 写真2:広い高速道路、
そしてクラクションひとつない交通状況
    写真2:広い高速道路、
    そしてクラクションひとつない交通状況
  • 写真3:5年前の中華街の様子、
今も変わらない
    写真3:5年前の中華街の様子、
    今も変わらない
  • 写真4:昭南植物園を経て守られてきた
ランの一部
    写真4:昭南植物園を経て守られてきた
    ランの一部
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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