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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年02月22日

近江谷 克裕
第36回 Elucをめぐる旅の物語
-インド・アムリトサルにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
初めて国境を意識したのは小学生の頃だった気がする。私の故郷は北海道の函館。太平洋戦争後、北海道はソ連に占領された可能性があり、占領されていたら函館が国境の街になったと、先生に教えられた時と記憶する。日本人のせいだと思うが、国と国を隔てるのは、大きな空間と想像してしまう。しかし初めてヨーロッパを旅した時、橋一つ、通り1本で国と国が分けられる現実に、そして簡単に国境を越えられる現実に不思議な気分になった。とはいえ、80年代の冷戦時のヨーロッパでみた国境は、兵隊だらけの場所であった。

これまでいくつの国境を越えただろうか?2月初旬、インドとパキスタンの国境の街であるアムリトサルを訪ねた。そこでは国境を越えるためでなく、国境を楽しむという面白い経験をした。国境で毎日行われる検問ゲートを閉じる際に行われているセレモニーを見たのである(写真1,2、3)。1時間近く行われる儀式は見事の一言に尽きた。インド、パキスタン双方の軍人たちが行進を繰り広げるのである。驚くほどお互いのタイミングがあっている。きっと双方でセレモニーの演出を考えているのかもしれない。意外とインドとパキスタンは仲が良いのでは、と思った。しかし、周辺は武装した兵隊が見守っており、やはり、そこは国境であった。

アムリトサルはインドの穀倉地帯でもあるパンジャブ州に位置する。シク教の聖地でもあり、ゴールデンテンプルという有名な寺院がある(写真4)。シク教徒といえば、我々の世代ならタイガー・ジェットシン。そう、ターバンを巻いたレスラーがもっとも有名かもしれない。アムリトサルに行けば、多くのターバンを巻いた方々に会うことができる。因みに、私の住む、つくばにはタイガー・ジェットシンの息子さんが経営するインド料理店があるが、前回紹介したワークショップの打ち上げに使うのは、この店である。

今回の旅ではアムリトサルのGuru Nanak Dev大学でセミナーを行った。この大学はシク教の教義を基にした大学であり、インドのアーユルヴェーダを基礎とした予防医学やスポーツ医学に関する基礎研究が盛んである。現在、ライフスタイルの変化の激しいインドでは糖尿病等の生活習慣病が深刻な問題になりつつある。確かに私のような小太りの人が多い。この大学の先生の講演もあったが、要は、正しい生活習慣を身に付けましょう、インドの伝統的なハーブを大事にしましょう、で締めくくられた。健康法に関しては、世界中、答えは同じであり、そこには国境も、民族の違いもないようである。

日本人が思う国境は海に隔てられた非連続の世界だが、アムリトサルにいるとそこは連続した世界である。つまり、国境を挟んだ隣の村の親戚は、国籍上はインドであったり、パキスタンであったりするだけだ。よって、国が違うとは言え、そこには連続性が存在する。ユーラシア大陸とは緩やかな民族の傾斜があり、東の中国から西のフランスまで、連続的な世界のような気がする。連続だからこそ、徹底的に不仲になるようなことはできず、強かに外交ができるのかもしれない。日本人は外交下手というが、非連続な世界の住人のためかもしれないと、ユーラシア大陸のど真ん中の国境で感じてしまった。
  • セレモニーの直前、国境を越える人々
    セレモニーの直前、国境を越える人々
  • インドの大観衆と最初に行進したコマンダー。白い体操着の兵士が盛り上げる。
    インドの大観衆と最初に行進したコマンダー。白い体操着の兵士が盛り上げる。
  • セレモニーも大詰め、双方の兵士が整列
    セレモニーも大詰め、双方の兵士が整列
  • 夕闇迫るゴールデンテンプル
    夕闇迫るゴールデンテンプル
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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