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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年04月25日

近江谷 克裕
第38回 Elucをめぐる旅の物語
-富山にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
桜の向こうに立山連峰が見える季節(写真1)。昨年見ることができなかった剣岳をわずかな時間だが見ることができた(写真2)。また、ぼんやりとした春霞の先に見える立山連峰は見事なものである(写真3)。この時期にしか見ることができないものを見る楽しみを、富山はいつも教えてくれる。4月の週末、ホタルイカの発光器を集めるために、以前にも紹介した魚津水族館に滞在した。

春の富山と言えば、ホタルイカ。ホタルイカの学術名はWatasenia scintillans (ワタセニアシンチラン)といい、東京帝国大学教授である渡瀬庄三郎が世界に紹介したことから、この名前が付いた。ホタルイカは日本だけに生息する固有種であり、不思議なことに兵庫県の日本海沖と富山湾でしか採取されない。なぜ、この2か所にしか生息しないのか、誰も答えを知らない。面白いことに兵庫産に比べて、富山産のホタルイカの方が大きい。味はどちらの県の方も自分のものがおいしいと言うが、採れたての富山産は格別だ。

ホタルイカは全身に散らばる小さな発光器と強く発光する触腕の発光器で光を放っている(写真4)。全身の発光は非常に弱いが、暗闇に慣れた目で見ると、とても美しい。この時期の魚津水族館ではホタルイカのデモンストレーションがあるので、是非、一度見に行っていただきたい。では、発光の生物学的な意味は?全身に散らばる小さな発光器は、ホタルイカが富山湾の深部から水面に上がって来る時、自らの影を消すために光っていると考えられている。敵が下から見上げてもホタルイカはその水深の光の量に同化するのである。これをカウンターイルミネーションと呼ぶが、多くの発光魚、例えば、発光サメなどの腹部が光るのも、自らの影を消すためと考えられている。

一方、テレビなどで撮影されるホタルイカの光は触腕の発光器の光である。では、この強い光の生物学的な意味は?魚津水族館の稲村館長の最新の解説によると、ホタルイカは敵が近づいてきた時、強い光を発し、敵の目を引き付け、引き付けられた敵の目の前で光を消し、逃げるためとのこと。確かに発光器は黒いフィルターに囲まれていて、光のON/OFFを自在にコントロールしているようである。光を消すことが重要というのは面白い視点であり、現場の研究者にしか考えられない説である。

不思議なことに、これだけ簡単に採取できるホタルイカの発光の分子メカニズムは十分にわかっていない。ルシフェリン、ルシフェラーゼ反応であることは確かで、ルシフェリンはクラゲやウミシイタケのルシフェリンが硫酸化されたものだ。だが、ルシフェラーゼの構造は決定されていない。最近、構造が決められたかのような論文はあるが、疑問だらけで満足いくものではない。また、ルシフェリンをどのように獲得し、硫酸化するのかもわかっていない。さらに反応にはATPがトリガーであるとの論文もあるが、これが正しいのか、正しくないのかもわかっていない。ホタルイカの発光は多くの謎を秘めているのである。

春にはホタルイカ、秋には発光ゴカイを採取するために富山を訪問している。この2つの発光メカニズムの解明は、実は私と下村脩先生との約束でもある。私にとって、尊敬する下村先生の研究への思いを、富山は教えてくれる場所でもある。
  • 桜の花びらの先に立山連峰の一端が見えている
    桜の花びらの先に立山連峰の一端が見えている
  • 正面に見えるのが剣岳。美しい姿は中々見られない
    正面に見えるのが剣岳。美しい姿は中々見られない
  • 滑川から見た春霞の立山連峰
    滑川から見た春霞の立山連峰
  • あいにく光ったホタルイカの撮影に失敗。触腕の発光器が黒く見える
    あいにく光ったホタルイカの撮影に失敗。触腕の発光器が黒く見える
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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