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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年06月23日

近江谷 克裕
第40回 Elucをめぐる旅の物語
-インド・ゴハティにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
やっぱり、大きな川を見るのが好きだ。5月、インド北東部のアッサム州ゴハティに滞在した。空港からインド工科大ゴハティ校(写真1)に向かう途中、ブラマプトラ川にかかる大橋を渡ったが、さすが大きな川であった(写真2)。この川はヒマラヤ山脈北側を源流としチベット、インド・アッサム地方を経て、バングラデシュではガンジス川と合流してベンガル湾に注ぎ込む大河である。チベット地域ではヤル・ツアンポー川、バングラデシュではジョムナ川と呼び名を変える。チベットでは激流と聞くが、ゴハティの街でみるプラマプトラ川は優雅に流れているだけであった(写真3)。

川を見ると妄想が止まらなくなる。「陸で運ぶのが困難なものでも、川なら容易に移動可能である。生物もしかり、陸では行きつけないところでも、たどり着けるはずである。多くの虫はせいぜい数キロメートルの活動範囲。但し、蝶やトンボなら風に乗れば、数百キロの移動も可能だろう。しかし、ホタルの翅は小さく、その活動範囲は広くないし、幼虫はなおさら移動することはできない。でも、ホタルは世界中に生息、種類も2000以上いる。さて、この川の近くのホタルは、この川を飛んで越えて来たのか?木にでも止まって流されて来たのか?」と、

私はウミホタルの生物分布に関する研究を行ったことがある。北は青森から南は台湾まで345か所の海岸で採取を試み、約40か所でウミホタルを採取した(図1)。ミトコンドリアDNAを解析した結果、私たちは、日本列島に生息するウミボタルは黒潮にのって1万数千年前に日本列島にたどり着いたことを明らかにした。そして黒潮が蛇行するトカラ諸島を境に北と南では遺伝子的に大きな分断があること、黒潮の到達しない東北の太平洋沿岸には生息しないことなど、この生物の分布には水の流れが重要であることを結論付けた。

ホタルの生物分布も非常に興味深い。同じユーラシア大陸の東の中国には200種以上いると推定されている一方、ヨーロッパには大まかに3種しかいない。また面白いことに日本のヒメホタルと東ヨーロッパのホタルのルシフェラーゼ遺伝子の相同性がかなり高く、近縁種と考えられている。昨年、ロシア科学アカデミーシベリア支所のVysotski 教授からシベリアで2種のホタルを採取したとの情報を得た。チベットを挟んで北ルートと南ルートでアジアからヨーロッパに広がったとも考えられる。その時、川は何らかの役割を担ったのだろうか?

ブラマプトラ川は「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む(角幡唯介著)」を読んで以来、一度は見たかった川である。21世紀になっても地図に記載できない場所があるなんて、これだけ人が移動し、旅が楽になった現代でも、未踏の場所があるなんて、考えるだけで楽しい。

でも未踏と言えば、生命科学はそれ以上だろう。まだまだ多くの疑問は残されたままだ。私の興味で申し訳ないが、ウミホタルが日本列島にたどり着く前にどこにいたのか?また、日本のヒメホタルと東ヨーロッパのホタルはどのような分散、拡散の歴史を経てつながっているのか?などなど、ブラマプトラ川での妄想は尽きることはなさそうだ
  • 写真1 夕日に染まるインド工科大学ゴハティ校の一部
    写真1 夕日に染まるインド工科大学ゴハティ校の一部
  • 写真2 ブラマプトラ川に架かる大橋から見た川
    写真2 ブラマプトラ川に架かる大橋から見た川
  • 写真3 ゴハティの街の高台からみたブラマプトラ川
    写真3 ゴハティの街の高台からみたブラマプトラ川
  • 図1 ウミホタルの採取を試みた345か所中40数か所(赤点、黄色)で採取に成功
    図1 ウミホタルの採取を試みた345か所中40数か所(赤点、黄色)で採取に成功
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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