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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年07月20日

近江谷 克裕
第41回 Elucをめぐる旅の物語
-タイ・バンコックにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
バンコックに初めて行ったのは、もう30年も前の事。当時の貧乏大学院生がヨーロッパの国際学会に行くとなれば、北回りか、南回りしかなかった。北回りは、まだソビエト時代。モスクワ経由のエアロフロートが怖くて、南回りのタイ航空にした。普通、宿泊はないはずだが、機体の整備不良のため、バンコックに1泊することになった。航空会社がホテルを用意してくれたのだが、豪華だったことだけは覚えている。当時のバンコックの国際空港といえば、ドンムアン空港(写真1)であった。

今はビルだらけのバンコック市内は(写真2、3)、30年前はビルも少なく、見通しの良い街並であった。今なら、高速道路を使えば、1時間もかからずドンムアン空港から市内中心部に入ることができるが、その当時は高速道路もなく、あちらこちらで工事を続ける道を、時間をかけてホテルにたどり着いたように記憶している。但し、今ほど市内の渋滞はなかった。少し裏通りに入ると未舗装で、古い木造の町並みが残り、ニワトリが走り回っていたのが印象的だった。そういえば、20年前の中国北京もそんな風景であった。ヨーロッパを訪問すると変わらない景色に驚くが、アジアでは変わってしまった景色に驚くのが常だ。

6月のタイ訪問。昨年8月から数えて4回目である。今回の訪問はTISTR(タイ科学技術研究所)が主催する機能食品に関するシンポジウム(写真4)に参加するためだ。専門ではないが、私の所属する産総研の食に対する取り組みを紹介して欲しいということで招かれた。専門ではないので、所内の研究員からかき集めたスライドを、前日、必死に頭に入れた。が、やはり話し慣れていない内容だと冷や汗だらけの講演になってしまった

タイを度々訪問して思う事だが、タイは地勢学的に恵まれた場所である。北に中国、東にラオス、カンボジア、さらにはベトナム、南にマレーシア、シンガポール、さらにはインドネシア、そして西にはミャンマー、さらにはインドという巨大な市場を抱えている。まさに東南アジアの十字路の中心である。一方、基本が農業国であるということは周辺の国々と大差はない。よって食を如何に差別化するのかが大きな課題であり、タイの優秀な研究者たちの重要な研究テーマの一つである。当初、英語の上手い、日欧米で学位をとった優秀な研究者たちの研究テーマが食に偏っているように感じていたが、タイの科学者にとっては重要な研究課題なのであろうし、国益を考えれば、無理のない話であろう。

生命科学分野に限る話かもしれないが、日本人研究者は見事にアジアの研究者の定義からは外れている気がする。これまで、国の政策に大きく縛られることなく研究ができてきたのは、アジアでは日本だけではないだろうか。私のように、単に光るものが好きだから、研究をするというのは他のアジアの国々にはないスタイルだ。これは日本の生物学の根底が博物学に起因するためではないかというのが、私の見立てだ。でも、最近の日本のサイエンスも変わりつつあるようだ。20年、30年と自分の好奇心だけで研究を続ける研究者達は予算という大きな壁に、前を塞がれつつあるようだ。サイエンスの景色は変わらないものがあっていいと思うし、国の政策だけには縛られたくないものだと感じる日々である。
  • 写真1 現在のドンムアン空港。かつての面影は全くない。
    写真1 現在のドンムアン空港。かつての面影は全くない。
  • 写真2 バンコック市内はビル、ビル、ビルだらけ
    写真2 バンコック市内はビル、ビル、ビルだらけ
  • 写真3 市場もきれいで、最新のバイクが並ぶ
    写真3 市場もきれいで、最新のバイクが並ぶ
  • 写真4 TISTR主催の国際フォーラムFood Industry 4.0、政府要人が挨拶
    写真4 TISTR主催の国際フォーラムFood Industry 4.0、政府要人が挨拶
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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