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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年08月16日

近江谷 克裕
第42回 Elucをめぐる旅の物語
-タイ・ラヨーン県にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ドリアン、お好きですか?臭いが嫌で、遠ざかっていたドリアン。実に美味しい果物でした。タイ、ラヨーン県の農場で、採れたてのドリアンを食べたが、鼻に付く臭いはなく、絶妙な甘み、まったり感があった(写真1)。日本に似た果物は無いので、味の表現は難しいが、食べて、その美味しさを初めて理解できた。

 ラヨーン県はバンコックの南東。高速道路を使えばバンコック市内から4時間程で着く。工場も、港もあり、タイ政府も開発に本腰を入れている地域。数年後には国の研究機関も新しくできるということで、つくばのような産学官の拠点を目指している。今回の訪問先はVISTECという新設の大学院大学である(写真2,3)。以前、本エッセイで紹介した私の友人であるマヒドール大学のPimchai先生がこの大学に異動したのである。また、Pimchai先生の推薦もあり、私もこの大学の客員教授に就任したので、行くことにした。
VISTECの正式名称はVidyasirimedhi Institute of Science and Technology。タイ王室の王女の名前Vidyasirimedhiを冠した大学院大学である。まだまだ建設途中で、4研究科のすべては開学していないが、既に材料系の研究科は始動している。バイオ系もPimchai先生を中心に今後の開学に備えるとのこと。この大学がユニークな点は、タイの石油会社オーナーが私財を投じて開学し、大学院生からは授業料、住居費も取らず、逆に奨学金を支給するという。まさにタイ人のタイ人によるタイ人のための人材養成機関という点。

タイの研究機関で働く多くの研究者は欧米や日本で学位をとった方々である。タイでは国費を投じ、優秀な若手を海外に派遣し、学位をとって帰国後、研究機関で国のために研究を行わせている。VISTECはその流れに一石を投じる動きかもしれない。教育を全て他国に任すだけでは国は発展しないという、当たり前のことだが、タイの新しい風を感じた。王女の名前が付くには付くなりの理由があるようだ。

ただし、すべての教官がタイ人ではなく、外国人の教官もいる。驚いたことに、以前、早稲田大学に勤めていたO教授は、私と共通の友人を持つ無機化学の研究者であった。給与は別として、ポスドクは2名保証され、講義の義務もほとんどなく、スペースも十分に確保されているので、研究しやすいとのこと。ただ山の中のキャンパスで研究以外にやることは何もないことが問題とか。タイの若手を育てる、現代の山田長政ですねと言ったら、笑われた。が、ここも業績の世界。論文が出ないと学長からいじめられるのですと、小声で話してくれた。誰も日本語はわからないはずだが、悪口は小声になるものだ。

アジアには新しい風が吹いている。VISTECでの会議も終わり、ホテルのビーチサイドで心地良い海風に吹かれながら、あらためて感じた風(写真4)。日本人はもっとアジアの風を感じなくてはいけない。さて、ホテルの近くの市場を歩いていたら、強烈な腐った魚の臭いがした。タイの魚醤だ。ドリアンと同じで臭いはダメだが、味は最高だよなと思いながら、食べてみないと、見てみないとわからないことが多いと、あらためて感じた。

(「発光する生物の謎」マーク・ジマー著、近江谷克裕訳(西村書店)が出版されました)

  • 写真1 ドリアン農園にて。不思議と臭っていない。
    写真1 ドリアン農園にて。不思議と臭っていない。
  • 写真2 VISTECの出来立ての研究棟
    写真2 VISTECの出来立ての研究棟
  • 写真3 VISTECの将来構想。池を囲んで研究棟と会議場、宿舎がたつ。
    写真3 VISTECの将来構想。池を囲んで研究棟と会議場、宿舎がたつ。
  • 写真4 ラヨーン県のビーチ。心地良い海風が吹いていた。
    写真4 ラヨーン県のビーチ。心地良い海風が吹いていた。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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