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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年09月26日

近江谷 克裕
第43回 Elucをめぐる旅の物語
-インド・ゴアにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
インドでフォークダンスを見た(写真1)。インドはマハラジャダンスの国と思い込んでいたが、ゴアで見たのは、まぎれもなく、私たちが学生時代に楽しんだ?フォークダンスのリズム、ダンスであった。ゆったりとしたリズムはオクラハマミキサーを少し早くした感じなのである。ここはインドなのかと疑ってしまった。それもそのはず、ゴアは1510年からポルトガルに支配され、インドに併合されたのは今から56年前の1961年のこと。よって、ヨーロッパの影響を、今なお色濃く残している。

ゴアには世界遺産「教会群と修道院群」があり、特に日本で布教活動を行った宣教師フランシスコ・ザビエルの遺骸が寝るボム・ジェズ・バシリカ教会が有名である(写真2)。キリスト教徒も多く、金曜日の夕方、多くの人々が盛装して教会に集う姿を村々で見かけた。ここはヒンズー教の世界ではない。いつもなら、車内の飾り物はガネーシャのはずなのに、ガイドの車の中はキリスト教の聖人像であった(写真3)。そのせいか、車の運転がインドらしくなく、穏やかなのである。運転マナーまで違っている。

私は8月下旬、インド・ゴアで開催された「栄養補助食品と慢性疾患に関する国際会議」に出席した。インドでは伝統的なアーユルヴェーダを現代科学の目で見直す研究が盛んに行われている。特に、ジンジャーやアシュワガンダなどの食物が持つ効能に関する研究が盛んである。この学会でも多くのインドのバイオリソースに関する研究が発表されていた。私の所属する研究所でもアシュワガンダの抗ガン、抗老化作用や体内時計の調整作用に関する研究を行っており、そのセッションの座長として、私は国際会議に出席した。

バイオリソースに関わる研究は難しい。同じアシュワガンダであっても、地域や季節によって効能に差がある。確かに同じお茶でも産地によって、さらには同じ産地であっても育て方によって味は変わる。そんな中、日本の研究者が提案しているのは人工照明による水耕栽培である。効能に差が出ないアシュワガンダを光量、温度や湿度などの管理を徹底した植物工場で栽培するのである。バイオリソースの活用は単に効能を見つけ出すだけの時代から、有効な効能を如何に引き出し、そして管理するかの時代に向かいつつあるようだ。

さて、ザビエルはどんな夢を持ってゴアの街にいたのだろうか?アラビア海を西方に望むゴアの街は、実は東方の日本、中国へと繋がる海の道の起点(写真4)。彼はこの場所から東方に旅立ち、日本で布教し、最後は中国で亡くなった。そして、東方への原点の地で、聖人として眠っている。ザビエルや当時のポルトガル人の夢は信仰を広めること、あるいはアジアの富を獲得することにあったように思える。ゴアの古びた教会群や街角の景色は、彼らの夢の残像のように思えてならなかった。フォークダンスにしろ、キリスト教にしろ、歴史の中で衰退したポルトガルの残像なのかもしれない。

元気なアジアを見ていると日本の衰退期を感じざるを得ない。日本は素敵な残像を残せるだろうか?
  • 写真1 これぞ、インド流フォークダンス。
    写真1 これぞ、インド流フォークダンス。
  • 写真2 宣教師フランシスコ・ザビエルの遺骸が寝るボム・ジェズ・バシリカ教会
    写真2 宣教師フランシスコ・ザビエルの遺骸が寝るボム・ジェズ・バシリカ教会
  • 写真3 車のキリスト教の聖人像にびっくり
    写真3 車のキリスト教の聖人像にびっくり
  • 写真4 アラビア海を臨むゴアの岸壁
    写真4 アラビア海を臨むゴアの岸壁
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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