カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2017年10月20日

近江谷 克裕
第44回 Elucをめぐる旅の物語
-インド・ボンベイにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
インドには2つの名前を持つ街がある。ボンベイとムンバイ、マドラスとチェンナイ、コルカッタとコルカタである。前者はヨーロッパ列強が進出した時に命名されたもので、後者はそれぞれ地元の言語であるマラーティー語、タミル語そしてベンガル語として変更されたものである。私のような50代以上の人間には3つとも前者の方が馴染み深いが、子供の頃の地図帳には全て前者の名前だったせいかもしれない。特にムンバイは1995年に名前が変更されたので、ムンバイとボンベイが結びつかない方も多いかもしれない。

ムンバイはインド屈指の商業都市であり、インドで最大の人口を抱えている。高速道路を走っていると、海岸に面し、青い海、青い空に囲まれた、一見、きれいな街並みが見えるが、これが全く違うのである。きれいなマンション群の麓には広大なスラム街が広がるのである(写真1)。そのスラムには階層があるそうで、市が認めた法で守られた合法スラムと、一方的に撤去されても補償もしない違法スラムがあるそうだ。街の名前も、暮らしも、そしてスラムさえも2面性を持ちあわせているのが、この街のようだ。

この街に立ち寄ったのは、インド島津製作所を見学するためである。ここでは企業や大学向けに分析装置群の販売を行うだけではなく、研究者、技術者向けに技術講習会も行っている。私たちは、ここを舞台にインドの若手研究者を育成するプランを持っている。最新の機器がそろい、インド人技術者たちが、きびきび動いているのを見るは気持ち良いものであった(写真2)。最もうれしかったことは、インド人スタッフが日本の製品に絶対の自信をもっていること、島津の製品に誇りを持っていることであった。ここ最近、メイドインジャパンの不祥事が続いているが、外国で販売する彼らが悲しい思いをすることだけはやめて欲しいものだ。

9月のムンバイの最大の祭りと言えば、ガネーシャ祭りである。ガネーシャは顔がゾウで、体が人間の形をしている「学問と商売」の神様である。これが、この商業の街では人気なのである。日本でいう町内ごとにガネーシャの大きな人形を作り、最終日には海に流すそうだ。私は数体の巨大ガネーシャを見たが、そこでは、お祈りをするとお菓子ももらえるという特典もあった(写真3、4)。しかし、一番、びっくりしたのは同じガネーシャでも、随分、顔が違っている点である。意地悪な顔もあれば、ユーモラスな顔もあったのである。姿だけではなく人間の二面性も具現しているのかもしれない。
  • 写真1 近代的なアパートメントの麓は大きなスラム街
    写真1 近代的なアパートメントの麓は大きなスラム街
  • 写真2 インド島津製作所で働く方々
    写真2 インド島津製作所で働く方々
  • 写真3 ちょっと怒っているガネーシャ?注目は付き添いのネズミさん
    写真3 ちょっと怒っているガネーシャ?注目は付き添いのネズミさん
  • 写真4 目がパッチリのガネーシャ。下のガネーシャは怖そう。
    写真4 目がパッチリのガネーシャ。下のガネーシャは怖そう。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn