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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2018年02月23日

近江谷 克裕
第48回 Elucをめぐる旅の物語
-インド・ヴェーラーナシ-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 ガンジス川の流れはあくまでも緩やかであった(写真1)。それはまさに悠久の時を刻むか如くであり、朝日が昇ると共に不思議と安らかな気持ちになった。幻想的な死者を火葬する炎(写真2)の近くにあるガート(沐浴場)では、朝日に向かって多くの人々の沐浴をしていた(写真3)。川に死体が浮いているとか、臭いが強烈だとか聞かされていたが、浄化作戦が功をそうしたのか意外にきれいだった。ただインド好きの私でも、さすがに沐浴する気にはなれない。
しかし、川にたどり着くのは大変だった。道路の傍らには毛布1枚に包まるだけの路上生活者の群れ、そして無数の物乞いたち。巡礼者と歩む道すがら、得体のしれない恐怖をインドで初めて感じた。ガイドが側にいてくれなかったら、ガンジス川にたどり着けなかっただろう。早朝でもクラクションの鳴りやまない街、ゴミだらけの街、そして、これでもかという人の群れなす街、それが巡礼の地ヴェーラーナシ−の姿である。

 この地に来たのは、歴史ある国立大学バナーラス・ヒンドゥー大学での学会に参加するため。今回はがんにまつわる話題が多い学会であったが、インドでは10件に4件がオーラルキャンサー(口腔ガン)であることを初めて知った。原因は簡単で、タバコのせいだと説明を受けた。でも、タバコなら肺がんではないかと質問したらところ、タバコはタバコでも「噛みタバコ」との答え。噛みタバコは見かけたことが無かったので、どこで売っているのか尋ねたところ、答えは簡単で、屋台や小さな店の軒先につるされている小袋が噛みタバコであった(写真4)。

 年に5,6回もインドを訪問していたのに、噛みタバコの存在には気付かなかった。軒先につるされた小袋はお菓子だろうと勝手に決めつけていたものが、実は噛みタバコということに軽いショックを受けた。一つはこんなに身近な存在であったことが、また、これまでに見かけていたちょっとした不自然なことの理由がわかったことである。私は赤い液体の乾いた跡を道で何度も見かけていたが、これが噛みタバコを常用する人たちの唾液の跡だったのだと気付いていなかったことである。人間は見ようとしなければ、何も見えない。わかろうとしなければ、何もわからない。当たり前のことだが、ヴェーラーナシ−の街角で再認識した。

 考えてみれば、日本ならがん患者数は多い順に胃がん、結腸・直腸がん、肺がん、乳がんとなる。一方、アメリカなら肺がん、前立腺がん、乳がんとなる。お隣の中国と言えば、肺がんが一番多く、大気汚染や喫煙率の高さが反映している。食道がんも多いが、朝粥が原因という説をきいたことがある。私は海外との共同研究をしようと思っていながら、実は相手のことを知らないで、「押し売り研究」をしていたのかもしれない。インドの街角で国際共同研究の難しさを改めて感じた。
ところで、ガンジス川は思ったほど大きな川ではなかった。これまで見てきた長江、エニセイ川やブラマプトラ川から見れば、こじんまりした川である。まだまだ中流域だからしょうがないかもしれないが、イメージが先行しすぎたせいかも。でも、やはり私の中ではお気に入りの川になりそうだ。それは安らぎと危うさという表と裏の顔を持つ両面性が気に入ったのかもしれない。ガンジス川は生と死を映し出す鏡。人がそこを目指すには、それなりの理由がある。
  • 写真1 夜明けのガンジス川、多くの子船が行き交う
    写真1 夜明けのガンジス川、多くの子船が行き交う
  • 写真2 死者を燃やす炎は消えることはない
    写真2 死者を燃やす炎は消えることはない
  • 写真3 沐浴をする人々
    写真3 沐浴をする人々
  • 写真4 軒先につるされる種々の小袋は噛みタバコ
    写真4 軒先につるされる種々の小袋は噛みタバコ
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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