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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2018年05月23日

近江谷 克裕
第51回 Elucをめぐる旅の物語
-ふたたびボローニアにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
天井画の下で講演するという貴重な体験をした。1549年にPoggi家によって建てられた現在のPalazzo Poggiは、1712年にはボローニア科学アカデミーのものになった。天井画はミケランジェロのマニエリスムを継ぐPellegrino Tibaldiのものである(写真1−3)。画は古代ギリシャのオデユッセイアやイーリアスの叙事詩をモチーフとしたもの。そこに描かれているのは神々に翻弄される人々の苦しみ、悲しみ、痛み、そして喜びを表した人々の姿だ。

ボローニアと言えば、世界最古の大学の一つボローニア大学。ガリレオやコペルニクスも在籍したことで有名あるが、医学、生物学分野でも大きな成果を挙げている。例えば1772年、解剖学の教授Luigi Galvani は死んだカエルの足が電気火花を与えると動くことを発見した(ガルヴァーニ電気のこと)。彼はボローニア科学アカデミーの会員であり、天井画の部屋の壁には彼のレリーフも飾られている(写真4)。また、別の部屋には彼の使用した実験器具も展示されている。厳かな気分になるのは、多くの科学者がこの部屋で科学について語り合ったせいかもしれない。

私は現在、NATO(北大西洋条約機構)の「平和と安全のための科学プログラム」にイタリア、ルーマニア、イスラエルの大学の先生らと共に参加している。本プログラムでは「安心・安全のためのバイオセンサーの開発」に関わっているが、今回の講演会では研究成果の一端を発表した。4つの研究機関以外にもバルセロナやローマからの参加者もおり、充実した講演会であった。例えばサリンやVXガスを迅速に測定する方法の開発や毒物等の安全確認作業と処理の工程にドローンが活用する方法のプロトコールなど、実用レベルに近い報告もあった。研究成果に興味が沸くと共に、ヨーロッパの国々が抱える問題の深さを感じてしまった。それだけ、テロや戦争というものが身近な存在なのだろう。

日本では防衛や軍事関連の研究は多くの研究者に敬遠されがちだが、ヨーロッパの研究者たちは積極的に参加することで国民の安心、安全に寄与したいと考えているようである。これは第一次世界大戦において、毒ガスなどの化学兵器が世界で初めて使われたことも一因だろう。とかく日本人は概念として平和を志向するが、ヨーロッパ人は現実問題として、平和を如何に築くかを志向、そのための具体的なアクッションの一つが研究テーマの設定なのだろう。

さて、天井画と科学に何の関りがあるのだろうか?ギリシャ神話の神々は嫉妬に狂ったり、底意地の悪さを発揮したり、女性に横恋慕したりなど、極めて人間臭い方々である(不適当な表現かな?)。そんな神々が作ったこの世界、この自然を解き明かしてみろという挑戦状なのかもしれない。あるいは、神々に翻弄される人間を助けるのが科学の使命だと言いたいのかもしれない。いずれにしても、この天井画を忘れないで、これからもサイエンスを続けていきたいと感じた一日であった。
  • 写真1 天井画の一コマ
    写真1 天井画の一コマ
  • 写真2 天井画の一コマ
    写真2 天井画の一コマ
  • 写真3 天井画の一コマ
    写真3 天井画の一コマ
  • 写真4 ガルヴァーニ先生のレリーフの下で講演者の記念写真
    写真4 ガルヴァーニ先生のレリーフの下で講演者の記念写真
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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