カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2018年06月22日

近江谷 克裕
第52回 Elucをめぐる旅の物語
-フランス・ナントにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 フランス・ナントの天気は晴れのち曇り、ときどき雨。5月下旬というのに肌寒かったり、暑かったりと目まぐるしい4日間であった。国際生物発光化学発光シンポジウムに参加するため、初めてナントを訪問した。いつものことだが、友人たちと2年に1度会う国際会議は楽しいものだ。このシンポジウムに参加し続けているせいか、或いは友人が多いせいか、いや嫌がらせか、3日間、必ずどこかのセッションで座長をした。そのため、歴史的な街、ナントを落ち着いて観光することはできなかった。

 ナントと言えば、社会科で習ったナント勅令。でも、この地は古代ローマの時代からロワール河口に栄えた街。古代、中世、激動のフランス革命、世界大戦を経て、現在に至っている。ホテルから会議場まで向かう10分程度しか観光はできなかったが、中世のブルターニュ公爵城(写真1)や20世紀初頭に建てられたルフェーヴル=ユーティル社の工場付属の塔(写真2)など、歴史的な建造物は見事であった。また、唯一のレクリエーションは最終日前日のバンケット。ロワール川の川下りで見た雄大な自然と建造物群(写真3)は必見である。

 ところで、この国際会議において、私は発光する細胞の光の量を絶対数、つまりはフォトン数(光子数)であらわす方法を提案した。この方法によって、ホタルの発光酵素ルシフェラーゼ遺伝子を導入した1個の細胞は、基質ルシフェリンが十分量あれば、毎秒数千個のフォトンを発し、その発光量はアトワット(attoWatt)レベルであることを世界で初めて報告した。光を正確に測定することによって、違った測定日や違った装置で計測しても直接比較することが可能になった。今回の学会でも発光する細胞や動物を用いた研究が多く報告されていたが、私たちの方法が普及すれば、もっと議論がしやすくなるだろう。

 一方、私たちは富山で採取した発光ゴカイの発光システムについても発表しようと思っていた。しかし2日目に、異なる演題にも関わらず、突然、ロシア、アメリカ、日本の共同グループが発光ゴカイのシステムを解明したとの発表をぶつけてきた。私たちは数年前にルシフェラーゼの特許を出願、その特許データは1年前に公開されてはいた。特許データと全く同じデータを出された時には、唖然としてしまった。長年研究してきたことが、こんな形で発表されたことに、頭は真っ白、心は雨模様。それでも共同研究者の三谷は、3日目に我々も同様の結果であると発表した。

 研究の世界は競争社会であることは言うまでもない。先に発表することの重要性は百も承知で、特許より論文なのかもしれない。でも、日本のサンプルは日本人の手でやるのが当たり前と思っていた私には、このやり方は納得できなかった。せめて日本人の手ですべてをやって欲しかった。私たちが負けたとしても、、

 チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られた気分にいた私に、川下りのボートの中、ニューヨーク大のPanceから「しっかり手を組んで行こう、彼らに負けないためにも」と励まされた。時代は変わったのかもしれない。ボーダレスの社会の中、研究もボーダレス化している、私も変わらなければならない。次の勝利に向かって写真を1枚(写真4)。来月は彼の待つアブダビに行ってこよう。気持ちは雨のち晴れ。

  • 写真1 ブルターニュ公爵城
    写真1 ブルターニュ公爵城
  • 写真2 ルフェーヴル=ユーティル社の工場付属の塔
    写真2 ルフェーヴル=ユーティル社の工場付属の塔
  • 写真3 ロワール川の一風景
    写真3 ロワール川の一風景
  • 写真4 仕切り無しの1枚
    写真4 仕切り無しの1枚
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn