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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2018年08月21日

近江谷 克裕
第54回 Elucをめぐる旅の物語-みたび、中国青海省西寧にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 チベットの突き抜けた青い空が好きだ。だが、「半分、青い。」ではないが、前半は晴れ、後半は雨模様だった。8月初旬、酷暑の日本を脱出し、海抜2200mの中国青海省西寧に滞在した。気温は日中でも30度を越えることがなく、空気はきれいで清々しい毎日を過ごすことができた。今回の旅も、前回同様に中国科学院青海高原研究所に招かれたものである。とは言え、セミナーと打ち合わせが終われば、ブラブラと街歩き。これまでは郊外の青海湖、チベット寺院や黄河の源流を見たが、今回は市内を中心に歩いた。
 
西寧は紀元前の前漢時代に軍事拠点として生まれた街であり、長安(西安)を発したシルクロードの中継地でもあった。チベットにもトルファン(ウィグル)にも通じる分岐点であり、街にはチベット族(蔵族)や回族の人も住んでいる。今回、初めて市内のモスク、東間清真大寺(写真1)を訪問したが、礼拝には1万人規模の人々が集うとか。お寺の周りには、スカーフで髪を隠した女性が行きかうムスリンタウンが形成され、中国の国土の広さ、人種、文化、宗教の多様性をあらためて実感した。
 
今回、行きたかった場所の一つが西蔵医薬文化博物館。チベット医薬文化は口承6000年の歴史を持つと言われている。この博物館ではチベット医薬に用いられる動植物、鉱物の標本を多数展示している。我々のイメージではチベット高原と言えば冬虫夏草など薬用植物が有名であり、この手の医薬が中心と思う。が、チベット医薬では瑪瑙(メノウ)、翡翠(ヒスイ)、金、銀、水銀や重金属類を上手く調合し、常用の薬として用いていたのである。医学に関わる人間として、動植物資源と違って、医薬としての鉱物の使用は、その匙加減が難しいと思うが、チベット人が育んできた知恵で薬にしていったのだろう。
 
また、この博物館にはチベット医学書「四部医典」が秘蔵され、チベット医学の全容を示す「系列医学掛図」が展示されている。チベット医学の内容は掛図の絵であらわされ、人体の生理、病理の症状、診断の順序などは木の形で表現されている(写真2)。医科学に関わる私でも、何となく納得できる内容であるから不思議だ。また、手術も行われていたようで、脳外科手術後の頭蓋骨(写真3)や手術手法、道具(写真4)も展示され、これも現在の医療技術に通じるもの、或いは凌駕するものにも感じた。
確かに、時代を重ねれば重ねるほど技術が優れていくとは限らない。塩野七生氏の「ローマ人の物語」によれば、ローマ帝国初期の金貨や銀貨の鋳造技術は西ローマ帝国末期の技術より優れており、品質の良い貨幣が出回っていたとのこと。また、最近読んだ河江肖剰氏の「ピラミッド-最新科学で古代遺跡の謎を解く(新潮文庫)」によれば、最新土木技術を用いてもピラミッドを作ることは容易ではないが、人々をうまく活用すれば、数千年前でも巨大建造物は建造できるとのこと。新しい技術だからすべてを達成できるわけではない。
 
チベット医薬の中には現代科学が見過ごしてきた「智慧」が隠されているのかもしれない。チベットという厳しい環境の台地が、これを育んだとすれば、我々にはまだまだ学ぶべきものがあるのだろう。まだまだ我々は「半分、青い。」。
  • 写真1 東間清真大寺の建物の様子
    写真1 東間清真大寺の建物の様子
  • 写真2 系列医学掛図の一部(もっと面白い絵図も多数あり)
    写真2 系列医学掛図の一部(もっと面白い絵図も多数あり)
  • 写真3 脳外科手術後の頭蓋骨
    写真3 脳外科手術後の頭蓋骨
  • 写真4 手術手法や手術器具の絵図(実際の器具も展示されている)
    写真4 手術手法や手術器具の絵図(実際の器具も展示されている)
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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