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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2018年11月20日

近江谷 克裕
第57回 Elucをめぐる旅の物語-追悼、下村先生-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 下村先生(写真1)と初めてお会いしたのは1993年のハワイ・マウイ島で開催された海洋生物発光シンポジウムであった。その当時、北海道大学理学部にいた故中村英士先生に紹介され、一緒に食事をしたり、ハワイに生息する発光貝を見にいったりなど、親しくしていただいた。車で移動する時に、私の奥さんのためにドアを開けられたことが印象深く、後年、その話をしたら、アメリカの紳士は当たり前のことだと照れ笑いしていた。
 初めてお会いした時、生物発光研究を始めたばかりの私にとって、先生は多くの業績を持つ伝説の人であった。当時、私は発光クラゲの中の発光たんぱく質イクオリンを研究しており、次に何をしようかと考えていた時期でもあった。その前年には先生が発光クラゲを採取したフライデーハーバーで同じくクラゲを採取していた。クラゲを一緒に採取していた某研究者はGFP(緑色蛍光タンパク質)を含めてクラゲの研究を続けたいと語っていたこともあり、私は発光クラゲから足を洗い始めていた。今後、ホタルの発光色について研究したいと、先生にお話ししたように記憶している。今の私につながるのがハワイの地であり、先生である。 
そういえば、その学会でGFPをクローニングしたダグラス・プラシャー博士の共同研究者であるウィリアム・ワード博士にもお会いした。その時は誰もGFPがノーベル化学賞を受賞するなんて想像もせず、博士は特別講演するわけでもなく、また、博士のポスターの前に人が群がるわけでもなかった。私も含む多くの生物発光の研究者にとって、GFPはエポックメーキングではなかった(写真2)。これは、先生と共にノーベル賞を受賞したマーティン・チャルフィー教授が線虫でGFPを発現させた前年のことである。
先生との交流が盛んになったのは、2004年に横浜で開催された国際生物発光化学発光シンポジウムの頃からである。私はいくつかの日本語総説を書いていたが、それを読まれていたようで、発光タンパク質は「エクオリンでなくイクオリンだ」と間違いを正された。また、先生が出版予定の「Bioluminescence」の原稿の入ったCDを手渡し、間違いがあれば教えて欲しいと言われた。しっかり勉強しろとの激励であったのか、私の知識の無さに呆れられていたのか、或いは、これからやるべきテーマを教えてくれたのか。理由は今もわからない。
先生は2001年にウッズホールのMBL(海洋生物研究所)を退職後、自宅の1階を改装し実験室にしていた(写真3)。私はアメリカに行けば、何かと時間を作っては自宅を訪問した。研究についてはとにかく厳しく、最近読まれた論文の間違いを鋭く正すことがしばしばだった。また、私の質問に対して、自分の研究ノートを示しながら答えていただいた。そして私の研究テーマが応用に傾いている点に小言を言われたこともあった。でも、いつも最後には食事に連れて行ってくれ、「ロブスターが美味しい時期に遊びに来なさい。君はいつも何もない季節に来る」と、毎度、同じことを言われた。
先生に約束したこと、まだ、何もできていないような気がする。「もっと基礎研究をしなさい」との言葉が生涯、心に残るだろう。心からご冥福をお祈りする。
  
  • 写真1 私が一番好きな写真。ご自宅の実験室で乾燥ウミホタルの瓶を掲げる下村先生。(撮影:小江克典氏)
    写真1 私が一番好きな写真。ご自宅の実験室で乾燥ウミホタルの瓶を掲げる下村先生。(撮影:小江克典氏)
  • 写真2 下村先生が50年以上前に発光クラゲから精製したGFP(緑色蛍光タンパク質)。(撮影:小江克典氏)
    写真2 下村先生が50年以上前に発光クラゲから精製したGFP(緑色蛍光タンパク質)。(撮影:小江克典氏)
  • 写真3 先生の自宅の研究室のドアに掲げられた「発光タンパク質ラボ」の表示(撮影:小江克典氏)
    写真3 先生の自宅の研究室のドアに掲げられた「発光タンパク質ラボ」の表示(撮影:小江克典氏)
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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