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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2018年12月25日

近江谷 克裕
第58回 Elucをめぐる旅の物語-インド・ハイデラバード-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 ハイデラバードはインドの特異点かもしれない。この街は18世紀よりニザーム藩王国として繁栄していた。が、1948年、王国の主であるムスリンのニザーム家はインド政府に追い詰められ、強制併合された歴史を持つ。他のインドの街に比べ、ムスリンの人々が非常に多く在住、コーランが鳴り響く街角にはパキスタンの国旗が散見された(写真1)。
私たちは旧市街のチャール・ミナール周辺を観光したが、多くの警察や軍隊が配備されており、暴動があった場所とのガイドの説明に納得(写真2、3)。しかし、自己中のガイドは、我々の案内をそっちのけで写真撮影を開始、あろうことか自撮りに付き合わされた。この街角を怖いと思うより前に、このガイドが変な奴だという結論に達した。おまけに、昼食時に、自分は他の場所で食事するので、昼飯代をよこせという要求までしてきた。さらに自分で時間調整できないのことを我々のせいだと言いたて、追加料金を要求してきた。何度もインドに来たが、こんなことは初めてだ。
 11月のハイデラバードに来たのは、ここで開催されたBioSD2018というインドバイオテクノロジーの最大規模の学会に参加するため。中国、韓国やヨーロッパからの出席者もいた。私の講演がインド人研究者にとって興味があるのかないのか、いつもと同じでよくわからない。彼らは、特に技術的な話には乗ってこない。今回、ポスターセッションの優秀ポスター賞の選考をお願いされたが、ポスターを前に一気に説明する姿は圧巻である。人の話は聞かないが、自分の話になると自己中となる。但し、インド全土から集まった若者だから、これはインドらしい光景であった。
 私たちは学会と並行して、CSIR・CCMB(科学技術研究機構、細胞・分子生物学研究センター)で意見交換、見学を行った。CCMBはインドの中でも、顕微鏡関連の屈指の設備を誇り、大きな部屋に何台もの顕微鏡が並び、専門テクニシャンの優れた管理により自由に顕微鏡が使える体制になっている(写真4)。それ以外にも次世代シークエンサー、MS測定装置も充実しており、人員数は私が統括する研究部門と変わりがないが、設備及びその維持管理システムははるかに優れていた。CSIR中のトップランナーとして特別な立場、インドの科学界の特異点かもしれない。
さて特異点とは、ある基準が成立し、その基準が適用できない事象のことを指す。そんな意味で、ハイドロバードは他の地域とはずいぶん違っていて、インドの特異点だろう。しかし、CCMBという研究機関はどうだろうか?インドでは科学技術に対して大きな投資が続いており、CCMBが特異点のままでいるのは難しいような気がした。今のペースなら、何年か後にはインドの平均的な研究機関と言われるだろう。
最近、日本では一部の研究テーマに投資が集中しすぎているという意見がある。しかし、本当にそうだろうか?集中しているのではなく、単に全体の基準が下がり続け、普通の投資が、見かけ上の特異点に見えているのではないだろうか?私たちは、基準が下がり続けることが問題なのに、そこに目をつぶってはいないだろうか?科学に特異点は必要ないし、何かを特別視するより、全体の底上げの方が必要だろう。 
  • 写真1 街角にはパキスタンの国旗がたなびく。
    写真1 街角にはパキスタンの国旗がたなびく。
  • 写真2 旧市街のチャール・ミナールの全景
    写真2 旧市街のチャール・ミナールの全景
  • 写真3 旧市街のチャール・ミナール周辺の警備体制
    写真3 旧市街のチャール・ミナール周辺の警備体制
  • 写真4 CSIR・CCMBの顕微鏡室の全景。各種蛍光顕微鏡が揃う。
    写真4 CSIR・CCMBの顕微鏡室の全景。各種蛍光顕微鏡が揃う。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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