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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年02月20日

近江谷 克裕
第60回 Elucをめぐる旅の物語-イスラエルにて②-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 この国にいると、時折、驚愕する場面に出くわす。Shimshon先生とヤッファの小さな地元食堂に居た時の事だが、すぐ隣の席には5,6名の男たちが話し込んでいた。私たちより早く食事が終わったようで、楽しそうに話をしながら席を立ち、雨の街に消えて行った。その時、後ろ姿に驚いた。連中の腰には銃が、さらには一人の男の肩には自動小銃がぶら下がっていた。だが、驚く私と違ってShimshon先生にとってはごく見慣れた光景のようだった。安全と思っていた町。そこには、そこなりの秘密があるのかもしれない。
 東パレスチナ(ヨルダン川西岸地区)は分断されていると聞いていたが、比較的簡単に入ることができた。特に東パレスチナのエリコは古いキリスト教会もあり、敬虔なキリスト教徒の巡礼の地である。が、ヨルダン川西岸地区ではイスラエルの車と東パレスチナの車は簡単に区別がつく。ナンバープレートが黄色に黒字がイスラエル、白色に緑字が東パレスチナである(写真1)。イスラエルから東パラスチナに行くときにはゲートがないのでイスラエルの車は簡単に入れるが、逆の場合は銃を持った兵士が管理するゲートがあり、東パレスチナの車は一切、イスラエルには入れない。厳然とした境目がそこにはあった。また、イェルサレム近くの東パレスチナの集落は高い塀に囲まれた中にあった。
 いい意味での驚愕の場面もあった。観光ガイドに死海では泳げない、フロートするだけだと教えられた。フロートの意味がわからなかったが、経験すれば確かにフロートだ(写真2)。背中からゆっくり死海に入れば、浮くこと以外に何もできないのである。10分でも20分でも浮いているだけなのである。万が一でも顔をつけたら、この塩分が何を引き起こすかと想像しながら、少しの風に吹かれ漂うだけの時間を過ごした。因みにはイェルサレムは海抜800mで冷たい雨が降っていたが、海抜マイナス400mの死海は暑くも寒くもなく、快適であった。
 食べ物はとにかく美味しい。アッコンやヤッファなど地中海に面している街は魚が豊富であり、新鮮なエビやイカ、魚の料理が提供される。また、ロシア系ユダヤ人がロシアから持ち込んだキブツ(集団農場)では多くの新鮮な作物が生産されている。そこではバナナだって生産できる。特にヤギ乳で作られたチーズや、これまたヤギ乳で作られたカフェオレは絶品であった(写真3)。さらに、イスラエル国内にはワイナリーが300か所以上あり、ワインのおいしさは格別である(写真4)。決して血の滴るレアな肉は食べないという、厳格なユダヤ人の食習慣を守りつつ飲むワインは格別だ。
 しかし最も驚愕したのはこれらの話ではない。それはイスラエルの大学には10代のユダヤ人の若者がいないという現実である。なぜなら、高校を卒業した彼ら、彼女らには兵役という義務が課せられている。男性なら3年、女性なら2年。よって、多くの10代の若者は大学には入学できない。この点について、頭が柔軟な時期に大学に入らないのは国にとっても大きな損失ではないのかとShimoshon先生に質問した。先生曰く、何もわからないうちに、或いは、なまじ知識がつかないうちに軍隊に入った方が幸せだ。先生自身も、当然ながら軍務経験がある生粋のユダヤ人である。これが現実のイスラエルの姿。私には返す言葉が見つからなかった。
  • 写真1 左の車は東パレスチナの車、右はイスラエルの車
    写真1 左の車は東パレスチナの車、右はイスラエルの車
  • 写真2 死海での1枚。私は邪魔
    写真2 死海での1枚。私は邪魔
  • 写真3 キブツで生産されたヤギ乳を原料としたチーズにカフェオレ
    写真3 キブツで生産されたヤギ乳を原料としたチーズにカフェオレ
  • 写真4 小さなワイナリー(手前のブドウの木)
    写真4 小さなワイナリー(手前のブドウの木)
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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