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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年03月20日

近江谷 克裕
第61回 Elucをめぐる旅の物語-イスラエルにて③-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
最近、イスラエルは安全でしたか?と多くの人に聞かれる。私の滞在中にもガザからロケット砲が撃ち込まれたニュースが日本に流れていたせいかもしれない。また、帰国直後、イスラエルがシリアを空爆したせいかもしれない。でも私の実感は全く安全な国で、また行ってみたい国である。確かに銃をみると緊張が走ることもあるが、銃を向けられたこともなかったし、検問にいる兵士たちも穏やかな笑顔であった。

今回の旅のホストはエルサレム・ヘブライ大学のShimshon先生である(写真1)。先生とはイタリアボローニア大学のElisa先生の紹介で、お互いにElisa先生が主導するNATOプロジェクトの参加メンバーとして知り合った。先生は60代後半で、あと数年でリタイアするとのこと。ワイン好きで、謙虚な中にも上質のユーモアを忘れない紳士である。イスラエルに興味があると言ったら、今回の訪問のアレンジしてくれた。
ヘブライ大学は2012年の大学ランキングで22位にランクされたほどの有名大学の一つで、理系において高い研究レベルを誇っている(写真2)。残念ながら理系の日本人ポスドクはいなかったが、私がお会いした中には中国人ポスドクもおり、世界中の多くの研究者が集まっている印象だった。特にAIなどの情報工学や物理光学に強みを持っている。設備も、私が訪れた国内外の大学等と見劣りするものではなかった。

Shimshon先生は研究ツールの一つとして、ルシフェラーゼや蛍光タンパク質を用いている。そして、研究対象の一つはTNT火薬の検出である。先生の説明によれば、地雷は70か国以上の国にバラまかれ、毎年、2万人近い人々が犠牲になっている。一方、地雷の中にあるTNT火薬は野外に放置すると、ごく微量だが揮発性分解物が地表に放出する。先生は、この揮発性の分解物に反応するバクテリアの遺伝子を解析し、そのプロモータを同定した。そしてプロモータの下流にルシフェラーゼや蛍光タンパク質を挿入、TNT火薬を検出する発光バクテリア、蛍光バクテリアを作り上げた。

先生の研究はさらにダイナミックで、ユニークだ。TNT火薬を検出する発光・蛍光バクテリアをアガロースビーズに吸着させ、TNT火薬を埋め込んだ野外環境に散布する。ここで出番になるのはヘブライ大学の光学系の研究者達である。励起光レーザーと高感度カメラを組み合わせることで30mくらい離れた場所でも蛍光バクテリアの可視化を、或いはドローンに高感度カメラを搭載、やはり30m程度の高度から発光バクテリアの可視化を行い、TNT火薬の検出に成功した。今は、さらに実用を目指して研究を進めている。

私は研究者として、安心、安全という言葉をお題目のように唱え、発光システムが創薬等に役立つと言っては研究費を獲得してきた。が、正直、TNT火薬の検出など、考えたことは無かった。でも、イスラエルに行ってわかったことは、欧米人が考えるSafety/Security Scienceとは、まさにShimshon先生がすすめる、人の命を直接守る研究であろう。このようなテーマに研究者たちが誇りと自信をもって進めている姿を見て、私は彼らをうらやましく思った。そんな研究があってもいいはずだと、
  • 写真1 Shimshon先生と奥様、美味しいワインとシーフード
    写真1 Shimshon先生と奥様、美味しいワインとシーフード
  • 写真2 奥の方にエルサレム・ヘブライ大学がみえる
    写真2 奥の方にエルサレム・ヘブライ大学がみえる
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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