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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年04月22日

近江谷 克裕
第62回 Elucをめぐる旅の物語-インド・ジャイプルにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
インド・ジャイプルで清々しい日本の青年に出会った。彼は大学卒業後、一旦、企業に就職したが、新たな何かを見つけたくて北陸先端科学技術大学の博士課程に再入学したそうだ。専門はサービス工学。日本における農産物の流通システムについて研究している。どのようにすれば、高年齢化した日本の農業現場と都市の消費者を結び付けることができるかが研究テーマだ。

彼がユニークなのは、NPOを組織し、農業現場と消費者を結びつける試みを実行している点だ。その試みは一定の成果をあげ、お役人から行政サイドにスカウトされたほどだが、断ったそうだ。彼曰く、自分のやりたいことは、一つの農業現場の再生ではなく、日本、そして世界の農業を変えること、と大きな夢を語る若者だ。そんな彼が日本の農産物の流通システムとの比較研究として選んだのがインドである。

彼はジャイプル周辺の農村では、どのような契約を交わし、どのような経路で農産物が流通するのか現地調査をしている。ジャイプルはラージャスターン州の州都であり、人口は300万人を超える大都市であるものの砂漠地帯に位置し、慢性的な水不足に悩まされている(写真1-3)。よって周辺といっても7-80km遠方に行かなければ農産物は手に入らない。また、他の都市に比べて、イギリス占領下においても比較的自治が守られたせいか、インドの伝統的な価値観が今も根付いている。

一方、IT大国ともいわれるインドでは、都市部以外でもIT化の流れは、流れるには流れている。しかし、仲買レベルでもなかなかIT技術が活用されていないということだ。インドの農業と日本の農業と比較研究することに意味があるのか?という私の疑問に対して、彼は意外と根っこは同じだと言う。大事なものを供給しているはずなのに、供給する側も、供給される側も満足していない。これは、どこの国も同じで、その程度の違いだけだと。また、日本もIT技術は農業の現場に生かしきれていない。インドの農業を学ぶことは、日本の農業を考える上でも有用である。という事らしい。

彼と出会ったのはジャイプルのBIYANI女子大学である(写真4)。この大学は日本との交流が盛んで、卒業生の中には日本の大学院で学位を取得したものもいる。彼は日本の大学とBIYANI女子大学で共同開催するBICON-2018カンファレンスでオーラルプレゼンテーション一等賞を獲得したことから、本調査研究をBIYANI女子大学から支援いただいている。彼はヒンズー語を話すことはできないし、英語もTOEFLが400点だと豪快に笑う。大学スタッフ達が彼の調査研究をサポートしているが、適当に休むドライバー以外とはうまくやっているらしい。

 ピンクシティともいわれるジャイプルの街は4,5月が暑く、40度を軽く越える毎日だ。こんな中、屋台の食事でも平気と言いながら、駆け巡る彼に一つの希望の光を感じた。農業を変える、流通を変えるなんて、簡単じゃないと思ったが、小さな試みの繰り返しこそ、社会を変える原動力と改めて実感した。日本に帰国した彼に、今から再会するのが楽しみだ。
  • 写真1 ピンクシティ・ジャイプルの街角
    写真1 ピンクシティ・ジャイプルの街角
  • 写真2 ジャイガル城砦からみた街の様子。周辺に砂漠地域が広がる
    写真2 ジャイガル城砦からみた街の様子。周辺に砂漠地域が広がる
  • 写真3 現在の街からみるジャイガル城砦
    写真3 現在の街からみるジャイガル城砦
  • 写真4 BIYANI女子大学の正面
    写真4 BIYANI女子大学の正面
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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