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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年07月19日

近江谷 克裕
第65回 Elucをめぐる旅の物語-フランス・パリにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
国際化とは何だろう。ボローニア大学では最近、英語での講義も取り入れ、国際化を進めているとAldo先生が話してくれた。また、日本の大学院でも多くの講義を英語にすることで国際化を進めていると某大学の某教授が話していた。でも、友人であるパリ東大学のIsabelle先生は自分の大学、大学院ではフランス語で講義をするのは当たり前。そして非フランス語圏の教官もフランス語で講義をしなくてはいけないと語ってくれた。

Isabelle先生は40代半ばの新進気鋭の理論化学の研究者。ホタルの発光メカニズムの理論研究のトップランナーの一人だ。研究室にはアルジェリア出身の大学院生とフランス人ポスドクがいる(写真1、2)。なぜ、フランスの大学ではフランス語にこだわるのか?彼女の主張はこうだ。「せっかくフランスに来てくれた優秀な若手人材にはフランスに残って、貢献して欲しい。フランスに住むためにはフランス語が必須だ」。また、「旧宗主国として北アフリカやベトナムの人たちには責任がある。望むならフランスに来て欲しいし、フランス語で教育したい」。実際、彼女はアルジェリア人の大学院生にフランスで職を得るためのアドバイスをしている。

彼女がユニークなのは、博士課程をフランスとアメリカの大学で修了し、ポスドク生活を南アフリカと中国で過ごした点である。ご主人の仕事の関係とは言っていたが、子育てをしながら、異文化の世界で研究に従事することは並大抵なことではないだろう。多くの国に友人を持つ世界的な視野を持つ才女である。そんな彼女が、今、憤っているのはフランス政府が非EU国の学生の授業料を値上げしたことである。フランスは全ての面で学生に平等でなければならないという主張だ。「自由、平等、友愛」を掲げるフランスで生まれた教養人としての信念なのかもしれない。

世界中を旅する私だが、意外にもパリは初めてある。最終日、飛行機の搭乗時間までパリ市内を観光することにした。彼女のアドバイスもあり、限られた時間の中、凱旋門、シャンゼリゼ通り、そしてオルセー美術館を青空の下、ブラブラした(写真3,4)。先日のブラタモリではないが、確かに巧みに石を使っていること、建物に均質性があることはよく理解できた。

その前日のことだが、研究の話も終わり、二人で市内に食事に出かけた。その途中、彼女はスーツケースを預ける場所を教えるためだけに途中下車し、地元の方が使う荷物預け所に案内してくれた。地下鉄の改札を幾度も抜けた先にあり、複雑な道筋を目印と共に教えてくれ、そして預け方もその場でシュミレーションしてくれた。そのお陰で、あまり苦労せずにスーツケースを預け、手ぶらで観光することできた。フランスにいるとフランス語がわからないと本当に苦労するが、彼女の気配りのお陰で、フランス語を読めない私も楽(らく)することができた。

今回の旅でフランス語に固執するフランスが、英語は国際語と考える国よりもはるかに国際化されていると感じた。そして、英語さえ使えば国際化するという考えはあまりに安易なようにも思えた。彼女を通じて、国際化とは外国人を含めた人々に平等のチャンスを与え、異文化の相手のことを思いやる精神のような気がした。そして、自国に対するゆるぎないプライドと責任感を持つことだと。「旧宗主国の責任」という言葉が非常に印象深かった。
  • 写真1  Isabella先生(右から2人目)の居室のそばで、大学院生、ポスドク共に
    写真1  Isabella先生(右から2人目)の居室のそばで、大学院生、ポスドク共に
  • 写真2 パリ東大学のIsabella先生のいる建物の全景
    写真2 パリ東大学のIsabella先生のいる建物の全景
  • 写真3 凱旋門からみたシャンゼリゼ通り
    写真3 凱旋門からみたシャンゼリゼ通り
  • 写真4 時計が印象的なオルセー美術館の内部
    写真4 時計が印象的なオルセー美術館の内部
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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