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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年09月25日

近江谷 克裕
第67回 Elucをめぐる旅の物語-何度目かのタイ・バンコックにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
バンコック市内を流れるチャオプラヤー川はお世辞にも綺麗とは言えない。大陸を流れる川は支流を含む大きな流域を持ち、多くの街々を経て下流へたどり着く。この川も源をたどれば、ミャンマーやラオスの国境であり、数えきれないほどの支流を持つ。下水処理が十分でないタイでは、下流のバンコックまでくれば、さすがに水はよどんでいる。バンコック市内では川幅も広く、一見、穏やかに見えるが実は流れも速い(写真1)。

8月末のタイは雨季だが、夕方にはさわやかな風が吹き、猛暑の日本よりはよっぽど快適だ。会議の合間に少しだけ時間が空いたので、チャオプラヤー川のボートツアーを体験した。1時間のツアーで一人700バーツ。支払った後に3人以上乗れば600バーツの看板を見かけた。ツアー客は我々日本人3人だが、気付かない方が悪いのだろう。観光地の「あるあるネタ」の一つだが、しっかり見ていないと東南アジアでは騙されるので、要注意だ。

このツアーではチャオプラヤー川の本流から運河を巡るが、水上住宅、水上マーケットや川に隣接するお寺と見物満載である。運河というだけあって、多くのボートが行き交い、交差する場所では街の方向を示す標識もあった(写真2)。水上住宅の中には運河に伸びる支柱が朽ちて、傾いた家屋や崩れた家屋も珍しくはない(写真3)。また、場所によっては直接、下水が流れ込む場所もあり、悪臭も漂う。水道水のクオリティは上がったが、まだまだ下水道は日本並みとは言えないのが現状だ。しかし、川から見るバンコックは都市と田舎が混在する魅力的な街である(写真4)。

今回は共同研究の打ち合わせが主な目的であり、具体的な研究テーマとその進め方を議論した。タイの研究者のレベルは年々向上していると思うが、基礎・応用・実用化研究を一貫して行うのはまだまだである。そこが日本人研究者の頼られる所以と思っている。タイ固有のリソースから如何に有効成分を見つけ、製品化するのか、或いは、東南アジア圏のニーズを如何にキャッチアップし、具体的にどのように解決するのか、多くの課題を抱えている。日本人研究者の役割は、そのアプローチを先導し、ソリューションを導くことにあると考えている。一緒に研究を進めることで、彼らにソリューションの見つけ方を学んで欲しいし、関わる日本の研究者にも、世界は何を求めているのか、何ができるのか理解して欲しいと思っている。
 
私は研究は川のようなものだと思っている。源流の一滴が基礎研究の始まりであり、その小さな支流がまとまり中流域の川となり応用研究が始まる。大きな川となれば人の交流の場となり、或いは、大都市の水源となり、豊かな生活を保障する。これこそ実用化研究である。源流である基礎研究が応用研究に、そして実用化研究に展開し大河になるのだ。

しかし、現在、日本は基礎研究の源流の一滴を生み出す力が急速に衰えつつあるように思える。また科学という川の流れが内外の影響により、よどんでいるような気がする。つまり、日本全体の体力低下が科学自体の活力を失わしているように感じている。一方、私は科学の進展は決してお金が解決する問題とも思っていない。興味あるものを一途に続けられる研究者自身の頑固のマインドが必要だろう。よどみ、そして流れのはやい川をたくましく越える力が、今の日本の研究者に求められているのだ。
  • 写真1 チャオプラヤー川から見る王宮
    写真1 チャオプラヤー川から見る王宮
  • 写真2 複雑な運河には標識が必要
    写真2 複雑な運河には標識が必要
  • 写真3 水上住宅は維持が大変そうで、朽ちかけた家も多い
    写真3 水上住宅は維持が大変そうで、朽ちかけた家も多い
  • 写真4 運河からチャオプラヤー川本流に出るとビル群が見える
    写真4 運河からチャオプラヤー川本流に出るとビル群が見える
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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