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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2019年10月21日

近江谷 克裕
第68回 Elucをめぐる旅の物語-インド・アーメダバードにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
船酔いならぬ、“街酔い”をしてしまった。インドのモディ首相のふるさと、アーメダバードに着いたのは午後10時過ぎ。外は大変な豪雨で、街のあちらこちらが冠水状況に、そして、人々は雨を必死に避けながら立ちすくんでいた。そんな川と見間違うばかりの道(写真1)を、安倍総理も訪問した高級レストランに招待され、アーメダバードのベジタリアンカレーを堪能した(写真2)。ノン・ベジタリアンの私でも美味しいと感じたが、外の景色とのギャップに頭も舌もクラ・クラ状態。

翌日、この街を見ると無数のスラムが存在していた。スラムと言えば、ムンバイだが、私の中では、もう少しさびれた感じがした(写真3)。だが、この街はインド八大都市の一つであり、古くから繊維産業が盛んで多くの工場も立っており、経済的には豊かなはず。第一に、アーメダバードとムンバイの間には日本の新幹線が導入されることにもなっているほどの注目都市のひとつ。だが、よく見れば貧富の差が歴然としており、街の様子に頭も目もクラクラ・クラ状態。

まだあった。この街はイスラム教、ジャイナ教、それにヒンズー教と宗教色の濃い街。世界遺産の歴史都市(写真4)でもあり、モスクに、寺院に人々は殺到していた。でも、3つの宗教が厳格であればあるほど、当然、「お酒なんて以ての外」状況。どんなレストランにも、私の泊まったホテルにも、ビール1本もおいていない。持ち込みさえ没収と事前に注意もされていた(なのだが、空港の免税店ではお酒が売っていた)。お酒好きの私のテンションは下がりっぱなしに、頭も喉もクラクラクラ・クラ状態。

さて、船酔いのメカニズムは、平衡感覚のバランスの乱れによるものであり、三半規管の情報と視覚情報のズレが原因と言われている。つまりは、周りの状況、動きに自分の感覚や生理がついていけない時に感じる違和感が、酔いすぎたような不快感、クラ・クラ感を作ってしまうのだろう。アーメダバードで感じた私の“街酔い”も、まさに私のインドで養われてきた平衡感覚が、この街とは大きなズレがあったせいなのかもしれない。2泊3日の滞在だったが、少し楽しめたのは、滞在した最後の数時間。この街を含めたインドに対する私の平衡感覚が調整された後の事であった。

違和感と言えば、最近の研究の世界である。技術移転が重要だと言っては製品化研究・応用研究が推奨され、企業と共同研究しろ、と言ったかと思えば、論文数で中国に大幅に遅れをとったと言って、論文を発信しろの大号令。かと思うと、ノーベル賞は2,30年前の基礎研究の成果だ、基礎研究に力を入れろ。さらには、科学立国日本のために、積極的に研究行政にも力を貸せなど、言いたい放題の感がする。

私の培ってきた研究に対する平衡感覚は、自分の知的好奇心にあわせて基礎や応用研究に集中することであった。これは周りに決めてもらう問題ではないと思っている。若い研究者には、どんな課題でも良いので、もっと落ちついて、地につく研究を推奨するべきとも思っている。こんなことでは船酔いならぬ、“研究酔い”する研究者が出るのではないだろうか?それこそ、日本の科学はクラ・クラ状態だ。 
  • 写真1 翌朝も多くの道が冠水状態。
    写真1 翌朝も多くの道が冠水状態。
  • 写真2  The house of mgのレストランで提供されるベジタリアンカレー
    写真2  The house of mgのレストランで提供されるベジタリアンカレー
  • 写真3 スラムの一風景
    写真3 スラムの一風景
  • 写真4 アダーラジの階段井戸など、世界遺産の建造物が多い
    写真4 アダーラジの階段井戸など、世界遺産の建造物が多い
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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