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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年02月20日

近江谷 克裕
第72回 Elucをめぐる旅の物語-台湾・緑島にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
皆さん、台湾の「白色テロ」という言葉を、その時代を、ご存知ですか?昨年12月、台湾の緑島にある宿泊所を併設する台湾中央研究院(Academia Sinica)の海洋研究ステーションに滞在した。そこは紛れもなく、元は監獄であった(写真1−4)。この監獄が、まさに白色テロの舞台だ。研究センターの周辺には多くの監獄や収容所の建物が残り、その中の一つは博物館として当時の白色テロのこと、監獄生活のことを伝えている。

緑島は台湾東部、台東市のさらに東、沖縄県波照間島の南に位置し、ここには日本統治時代から監獄があった。戦後、大陸から中華民国がやってきて台湾を統治したが、主に政治犯、思想犯を、この監獄に閉じ込めたのである。日本統治や共産主義を賛美するだけでも、この監獄に送り込まれたそうだ。これが白色テロである。1980年代後半、台湾は民主化され、それと共に監獄、収容所は閉鎖され、今は観光名所の一つになっている。

私はウミホタルの生物拡散、進化に興味を持っており、これまで沖縄県の波照間島や西表島でも採取、それらの遺伝子を解析をしてきた。その結果、ウミホタルは黒潮にのって南から日本列島にやって来たことまでは突き止めた。さらに、ウミホタルの源をたどることを目的に10数年前に台湾の西側を調査したが、その当時は見つけることができなかった。その後、時間的な余裕もなく、台湾の調査を行っていなかったが、最近、中央研究院に友人ができ、ウミホタル採取の旅を再開した。そこで注目したのが黒潮の通り道に位置する緑島だ。

ただし緑島に行くには行ったが、強烈な東風(こち)に遭遇、風速40mを超える風に採取どころではなかった。2泊3日の予定も、島から脱出することができず、結局は帰りの日本行きの便をキャンセルし、5日間も滞在してしまった。4日目には生鮮食料品も心もとない状況になり、インスタントラーメン、冷凍ご飯を食べるありさま。でもアルコール度数の高い高粱酒があったお陰で、風の音はスゴイが、楽しい酒宴を毎日繰り広げることはできた。最終的な調査の結論は、また来るしかないということになったが、

さて、東風のお陰で、中央研究院の先生方々と多くの話をする時間ができた。研究の話もあれば、政治、経済、或いは幼少期、学生時代の個人的な話も聞くことができた。特に、場所が場所だけに、民主化前後の話も話題になり、彼らもまた、民主化で戦った人々であることがわかった。総統選挙が近かったせいか、「なぜ、日本の選挙では投票率が低いのか?」という質問があった。難しい問題だが、「日本の民主主義は与えられたもので、勝ち取ったものではないので、意識が希薄なのかもしれない」と私なりに回答をした。

中央研究院との交流で感じるのは研究レベルの高さである。特に、この10年は目覚ましく発展している。その理由を考えると、台湾の民主化と大きく関連しているように思える。彼らが勝ち取った民主化により政治、経済、社会が安定し、そのお陰で、これまで台湾から米国等に渡った優秀な研究者が帰国し、研究現場の最前線に立ったのである。その成果が、21世紀になって花開いたようだ。では、日本の研究レベルの低下は何であろうか?私は投票率の低下にリンクしているように感じている。「与えられた民主主義」、「与えられた学問の自由」の限界なのかもしれないと。
  • 写真1 中央研究院緑島海洋研究センター入口
    写真1 中央研究院緑島海洋研究センター入口
  • 写真2 海洋センターの建物正面。この後ろに閉鎖された監獄がある。
    写真2 海洋センターの建物正面。この後ろに閉鎖された監獄がある。
  • 写真3 閉鎖された監獄。高い壁と監視塔が目に入る
    写真3 閉鎖された監獄。高い壁と監視塔が目に入る
  • 写真4 最終日の島の穏やかな風景。参加メンバーも一安心。
    写真4 最終日の島の穏やかな風景。参加メンバーも一安心。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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