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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年03月19日

近江谷 克裕
第73回 Elucをめぐる旅の物語-タイ・チェンマイにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 タイ北部山岳地帯と日本の四国の間には微妙なつながりがある。それはお茶だ。徳島の阿波番茶や高知の碁石茶とタイ北部のミャン茶は少し似ていて、少し違っている。共通点は発酵茶である点。友人である四国の研究者は、どうしてもタイのミャン茶を研究したいと、私が出入りするタイの研究機関と共同研究を開始した。そして、年末にタイ北部を調査することになり、私も同行、初めてのチェンマイを旅した。

例えば、碁石茶は「茶摘み→蒸し→カビ付け(乳酸発酵)→漬け込み→裁断→乾燥」の工程を経て、お茶として飲むことができるが、ミャン茶は「茶摘み→蒸し→漬け込み」という工程だけ(写真1)。しかも、1週間から数か月の「漬け込み」の後、お茶の葉自体を噛んでエキスを吸い取る方式で楽しむ「食べ茶」。カビ付けは積極的に行っていないにも関わらず、「漬け込み」段階で乳酸菌が増殖して乳酸発酵する。つまり、四国が好気発酵なのに対して、タイは嫌気発酵なのである。

タイとはいえ、12月の北部山岳地帯は夜になれば気温は10℃以下になる。そんな中、野外で茶積みし、夜に蒸し桶で1時間ほど蒸す作業を体験した(写真1)。そして翌朝、茶葉を丁寧に揃え、木の皮で縛り、大きなビニール袋に丁寧に並べ樽に詰め込むのである(写真2)。この際、バナナの皮で外を覆う村もあった。漬けて1,2週間後、葉っぱは少し変色し確かに酸っぱくなっている。この葉っぱに岩塩を少しだけ加え、噛むのである(写真3)。

嫌気発酵なのに、乳酸菌がどこから来るのか?友人と夜更けまで、寒いのにも関わらず、ビールを飲みながら議論した。蒸気で蒸したとしても、葉っぱ由来の乳酸菌が0.001%でも残っていれば、発酵は進むのだろうという事なのかもしれないが、あれだけ蒸していて、生き残るのか?堂々巡りの会話。寒空に星が瞬いていたのが印象的だった。

タイ北部はラオスやミャンマー国境にも近く、少数民族の村が点在している。別々の場所のミャン茶には異なる乳酸菌がいるのではないかというのが友人の見立て。今回は遺伝子解析や生成物の組成解析を計画している。実際、日本の某社もミャン茶由来の乳酸菌を使った製品を開発しているので、新しい乳酸菌に期待がかかるところである。

私のもう一つの訪問理由は、タイ北部山岳地帯で進行中のロイヤルプロジェクトを見ること。日本の一村一品運動に近いものだが、イチゴ、キノコ、ラン、コーヒー豆に、このミャン茶といったものの生産を王家が支援している(写真4)。友人の研究者たちは地道にこの活動を支援しており、私にこのプロジェクト見て、そして、もっと付加価値を生み出すことができないかを考えて欲しいと相談された。「黄金の三角地帯」の一つともいわれるタイ北部山岳地帯の人々に、麻薬を生産させないための重要なプロジェクトであると友人は熱く語ってくれた。

タイと四国を微かにつなぐ発酵茶は、弘法大師空海が中国から四国に持ち帰ったという説がある。また、倭寇になった四国の海賊が持ち帰ったという説もあるらしい。要ははっきりしないのである。でも、私は海賊説を取りたいと思う。タイ・アユタヤの山田長政ではないが、あの時代の日本人には突き抜けたバイタリティー、国際感覚、野望を持っていた。現在、失われつつある日本人のポテンシャルを四国のお茶は教えてくれているのかもしれない。
  • 写真1 ミャン茶の刈り取り風景。葉っぱを全部取る集落、3分の2の集落がある。
    写真1 ミャン茶の刈り取り風景。葉っぱを全部取る集落、3分の2の集落がある。
  • 写真2 蒸し工程の後、樽に丁寧に漬け込むみ、嫌気培養を開始する。
    写真2 蒸し工程の後、樽に丁寧に漬け込むみ、嫌気培養を開始する。
  • 写真3 ミャン茶の葉に少量の岩塩を含ませ、噛む。
    写真3 ミャン茶の葉に少量の岩塩を含ませ、噛む。
  • 写真4 ロイヤルプロジェクトで作られたキノコ群。
    写真4 ロイヤルプロジェクトで作られたキノコ群。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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