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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年04月20日

近江谷 克裕
第74回 Elucをめぐる旅の物語-台湾・台北にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
これが亀卜(きぼく)で、甲骨文字なのか?古代の人々にとっては大切な政(まつりごと)の道具(写真1,2)。そして、漢字の根源をなす文字である。台湾中央研究院の歴史文物陳列館には台湾の故宮博物館の展示物に匹敵する貴重な古代殷墟の出土品が陳列されている(写真3)。12月半ば、研究所の若手メンバーを連れ、中央研究院と合同シンポを行った際に見学させていただいた。参観料は無料なので、台湾を訪ねた際には是非立ち寄っていただきたい場所の一つである。

歴史文物陳列館は1928年に設立された中央研究院歴史語言研究所(言語の間違いではない)の研究成果を展示する場所として1933年に北京で設立された。設立年からわかるように、中華民国が台湾に居座った段階で一緒に台湾に移設された。最も古い文物として紀元前2600年の龍山文化のものもあり、国宝級のものばかりである。でもユニークな陳列物もあった。日清戦争で活躍した李鴻章が全国36番で科挙試験に合格した告示も展示されていた(写真4)。つまりは、商から清の時代までの貴重な資料が展示されている。
 
何度か触れたが中央研究院は台湾の科学技術をリードする研究機関だ。だが、この研究所は歴史、経済、政治、哲学なども含めて総合的に研究する機関でもある。歴史語言研究所の初代所長は「上は碧落を極め、下は黄泉の底まで、手足を動かして文物を探す」という事を研究者に求めたそうだ。まさに科学するマインドであり、普遍性を持つ言葉である。実は、この言葉は陳列館の日本語パンフレットに書かれているものだが、自戒を込めて、この言葉をかみしめたい。

中央研究院にはユニークな研究グラントがある。それは、異なる3つの研究所のPI研究者3名で研究提案するという制度である。単に科学技術に偏らないこと、或いは社会学的視点を入れること、さらには歴史、政治、経済などの文系分野と先端科学を融合させること等を期待しているらしい。進行中のコロナ対策でも台湾の柔軟性が際立つが、この辺に秘密があるのかもしれない。また、ほぼすべての研究所が台北市内にコンパクトに納まっている中央研究院だからこそできる共同研究体制なのかもしれない。

日本では、理系、文系研究機関が同じ場所にはあることは稀で、気軽に交流することは難しい。ましてや、異なる3つの分野の研究者が提案を対象とするグラントなど、私の知る限りない。国の技術開発プロジェクトに積極的に文系研究者が加わることはない。しかし研究開発であっても、経済的な視点、制度的な視点、或いは倫理的な視点は必要なはずだ。昨今、日本の科学に行き詰まりを感じるが、研究開発に異なる視点を導入する試みも必要ではないだろうか?文系と理系の塀を開放することも考える時期ではないだろうか。

さて、亀卜では、為政者が亀の甲羅の割れ方で政の方針を決めたとあるが、はじめから為政者の都合の良い割れ方になるように細工してあったらしい。また卜師らも為政者の都合を忖度して占ったのであろう。だが、こんなトリックを信じた古代人を笑うことはできない。現在でも為政者と小役人の関係に通ずるような気がするからだ。人間は見たいものしか見えない動物。だからこそ、人は見えないものがあることを忘れてはいけない。 
  • 写真1 亀卜(きぼく)で使用された甲羅に甲骨文字がうっすら見える
    写真1 亀卜(きぼく)で使用された甲羅に甲骨文字がうっすら見える
  • 写真2 鹿頭告辞(ろくとうこじ)。文字が書かれている。
    写真2 鹿頭告辞(ろくとうこじ)。文字が書かれている。
  • 写真3 古代殷墟の出土品の一部。多くの出土品が展示されている。
    写真3 古代殷墟の出土品の一部。多くの出土品が展示されている。
  • 写真4 科挙試験に合格した李鴻章の名が記されている。
    写真4 科挙試験に合格した李鴻章の名が記されている。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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