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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年05月20日

近江谷 克裕
第75回 Elucをめぐる旅の物語-ブラジル・タピライの森にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
南米の川は「アマゾン川」だけではない。2月にサンパウロ市南東約100km、ソロカバ市から南に約60kmに位置するタピライ自然公園を訪ねた。ここで流れる川は、東に向かえば数10kmで大西洋に注ぎ込むはずだが、山に妨げられ、ブラジル西部内陸部へと向かう(写真1)。合流に合流を重ねパラネパラマ川に、さらに約1,000kmほど先で全長およそ4,000kmのパラナ川へと合流する。パラナ川は南に進みイグアスの滝で有名なイグアス川とも合流し、そしてアルゼンチンとウルグアイの間を流れるラプラタ川に、そして大西洋へと流れ出る。

ブラジル内陸部は乾燥地帯も多く、川の水は飲料水や農業用水として重要である。また、水力発電や水運にも活用される。よって、これらの川は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの4つの国にとっての大事な生命線である。つまりは、タピライに降る1滴の雨水は果てしなくつながり続け、同時に人々に大きな恩恵を与えている。

カーニバルの時期に重なる2月下旬、タピライ自然公園にいるのは我々だけだった。暗くなり、森に入ると飛翔するホタルの光、森の中を這うホタル幼虫の光がすぐに目に飛び込んできた(写真2)。また、小さいサイズだが背中に発光器を持つヒカリコメツキムシも確認した(写真3)。ブラジルは自然破壊が進んでいるとはいえ、ホタルたちの光は豊かな自然を再認識させてくれる。私の持論は川は生物の進化拡散の担い手。この川をたどりアルゼンチンまで調査したいと思ったが、私の友人の目は広大なアマゾンに向いており、まだまだこの地域の研究には目をむけてくれない。次世代の研究者に期待するしかないが、経済を優先するこれらの国で、どこまで自然が維持されるか疑問だ。

さて、2月のサンパウロ周辺はちょうど夏から秋へと移り変わる時期。ここ最近のブラジルは森林伐採などの自然破壊のせいか、あるいは地球温暖化のせいか、天気の変化は過激だ。タピライに向かう途中、突然の激しい雨に襲われ、前が見えない状況に、そして赤い大地から赤土が道に流れ出てくる光景に出くわした(写真4)。この国は道を作っても下水道など周辺を整備する余裕がないのが実情だ。よって、さらに自然破壊が進む。私が訪れたBRICsの国々の現状は、いずれもこんな具合だ。特に地方に行くと作りっぱなしの荒れ放題だ。現在の感染症の問題も、自然破壊と密接に関係すると考えられるが、開発とはパンドラの箱を開けることになるのだから、アフターケアこそ大事だろう。
 
ブラジルで一人目のCOVID-19の感染者が確認されたのは、私がブラジルを出国する日だった。空港では何人かのマスク姿を見つけたが、緊張感は感じられなかった。それから3か月近く、ブラジルでは患者数が27万人を超え、死者は2万人に迫ろうとしている(5月20日現在)。2月のあの日から考えれば途方もない拡大、特にアマゾン地域は危機的だ。経済優先の大統領の無策が招いた結果という人も多く、トップの責任は重大だ。最初の一人をどう見るのか?政治家、為政者には、確かな想像力が必要であろう。そう、雨水1滴が大河となることを想像するように。
  • 写真1 タピライ公園内の名もない川
    写真1 タピライ公園内の名もない川
  • 写真2 採取したホタル、お尻からの発光
    写真2 採取したホタル、お尻からの発光
  • 写真3 小さいヒカリコメツキムシ、大きい種なら全長は3倍以上
    写真3 小さいヒカリコメツキムシ、大きい種なら全長は3倍以上
  • 写真4 少し雨がやみ、赤土が流出
    写真4 少し雨がやみ、赤土が流出
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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