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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年06月22日

近江谷 克裕
第76回 Elucをめぐる旅の物語-ブラジル・ソロカバ市にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
随分と長い付き合いになったものだ。新しくなった彼のオフィスには23年前の私の研究室での集合写真が飾ってあった(写真1)。彼も若いが、もちろん私も若い。彼は日本学術振興会の海外特別研究員制度にパスし、静岡大学の私の部屋でポスドク生活をスタートさせた。ターゲットはブラジルに生息する鉄道虫のルシフェラーゼ。その当時、地方国立大学の教育学部にわざわざやって来る欧米人ポスドクなどいない時代のせいか、教授会でわざわざ彼を紹介したのは今でも誇らしい思い出である。

彼はルシフェラーゼのクローニングに成功し、2年間の日本でのポスドク生活を終えた後、私の尊敬するハーバード大学のHastings教授のラボに籍を移した。その後、数年間、アメリカに滞在、ブラジルに職を得て帰国したのが、2000年代初め。私との交流は途絶えることなく続き、鉄道虫のルシフェラーゼを利用したマルチレポータアッセイの開発、そして、このエッセイのシンボルでもあるElucの開発と駒を進めた。その間、私は何度かブラジルを訪問し、ブラジルの発展を直接、目にしてきた。以前から比べると渋滞も少なくなったのは驚きだ。

彼はサンカルロス連邦大学ソロカバ校に所属するが、この大学が2校目であり、この大学内でも2度目の研究室の移動を経験したそうだ。はじめて見る新しい研究室は研究設備も充実しており、彼のブラジルにおける活躍ぶりが想像できた(写真2)。さらに、大きなグラントを獲得したようで4名のポスドクと複数の大学院生を抱えるボスとなっている。歴代のブラジル大統領は科学に関心が薄く、サポートも少ないと言われる中、よく頑張ったものだ。

特に見せたいものがあるので、来てくれとの連絡が入ったのは去年の夏。何とか時間を作って2月下旬に訪問できた。それは、彼の新しくなった研究室ではなく、ソロカバ市内中心部にある大学の別館の一室であった。ドアには「発光科学技術博物館」と看板を掲げていたが、発光生物の標本や歴史的な発光測定装置、さらには発光に関わるパネル等が飾られていた(写真3,4)。主に高校生が対象なのだろう。発光のデモンストレーションもするらしい。たった1室の博物館ではあるが、ブラジルでの生物発光研究のフロントを走る彼の意気込みと共に、その責任感を感じた。ここから次世代の生物発光研究者が出現するのだろう。

はじめはポスドクと指導教官という関係も、いつの間にか友人という関係に、また、時には兄弟のような関係(心境)にもなっている。特に、外国人とはプライベートも含めて付き合うことになるので尚更である。彼の2度の結婚も身近で見てきたような気がする。また、最近まで彼はイタリアとブラジルの二重国籍であったが、イタリアの国籍を捨て、奥さんと同じブラジル人になったとの報告もあった。研究もプライベートも充実していることに、ちょっとうれしくなった。随分と長い付き合いだからこそ、喜びあえるものかもしれない。

いずこの世界でも先駆者とは大変なものである。当然、ブラジルにも生物発光を研究する動物学者や化学者はいた。しかし、彼は日本、アメリカでバイオテクノロジーとしての生物発光を学んだブラジルの先駆者である。当初の何もなかった研究室から最新の研究室への展開は、想定以上の活躍である。困難な時、部屋に飾られた1枚の写真が励みになったのなら、こんなにうれしいことはない。  
  • 写真1 オフィスに飾られていた記念写真。
    写真1 オフィスに飾られていた記念写真。
  • 写真2 新しくなった実験室の様子。この日は二人のポスドクと大学院生がいた。 
    写真2 新しくなった実験室の様子。この日は二人のポスドクと大学院生がいた。 
  • 写真3 発光科学技術博物館の展示、古い発光計測装置も展示されている。
    写真3 発光科学技術博物館の展示、古い発光計測装置も展示されている。
  • 写真4 発光科学技術博物館の展示。
    写真4 発光科学技術博物館の展示。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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