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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年07月20日

近江谷 克裕
第77回 Elucをめぐる旅の物語-大阪・研究室にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 コロンブス交換は今を語るエポックメーキングだろう。コロンブスが新世界を発見し、ユーラシア大陸を中心とした旧世界と南北アメリカ大陸の新世界に交流が生まれたことを指すが、意味することは結果だ。旧世界から動物ならウシ、ブタなどが、植物ならコーヒー、バナナなど、そして嫌なことに感染症ならコロナ、マラリアなどが新世界に。一方、新世界からはアルパカ、シチメンチョウなど、またジャガイモ、ゴム、タバコなど、そして梅毒、黄熱などが旧世界に持ち込まれた。コロンブス交換は正と負の顔を持ち、今日まで連なる世界を形作っている。

 2000年代前半、ブラジルサンパウロ州内で野外調査を行ったとき、同行の日本人研究者がマラリアに感染した。ブラジル人研究者は、この調査地では10数年以上、マラリア感染者は出ていないので、安全なはずだという。彼は空港で感染したのではないかと自説を述べた。サンパウロ空港にはマラリア感染地帯のアマゾンなどからも飛行機が飛んできており、その中に、たまたまマラリア原虫を持った蚊がいて、感染したのではないだろうかとのこと。何とも怪しい説だが、コロンブス交換によって南米にマラリアが持ち込まれたリスクは今も続く。

コロンブス交換の暗黒面はすさまじい。スペイン人が持ち込んだ感染症によって、例えば、メキシコ征服100年後には3%の原住民しか生き残らなかったという説もある。また、いなくなった原住民の代わりにアフリカから多くの人々を奴隷として移住させたことから、現在までつながる人種問題の根源をなしている。一方、新世界から持ち込まれた梅毒は旧世界で猛威を振るい、日本にも20年後の1512年には倭寇によって持ち込まれているという記録が残っている。しかしながら、慢性的な食物不足に悩まされていた北ヨーロッパの人々にとって、ジャガイモは寒冷地でも育つ貴重な主食。安定に食物を手に入れることが可能になり、人口増加を招いたとのプラスの歴史もある。

現在、私は生物発光の歴史を調べているが、ギリシア人、ローマ人たちの科学的な見方は、ローマ帝国の終焉と共に消え、長い中世暗黒時代を迎える。この宗教に束縛された暗黒時代は17世紀には終焉を迎える。コロンブス交換とは、新たな科学の時代を迎える人々に大きな影響を与えた出来事に思える。私の研究の場合、コロンブスは1492年10月11日午後10時、サンマリア島で発光ゴカイを観察したと航海誌に記している(写真1,2)。コロンブス交換を前後とした大航海時代は、実に多くの発光生物の発見の始まりでもある。Elucの元となるヒカリコメツキも西インド諸島で発見されたとの記述もこの頃である。多くの発光生物に関する記述は人々に知的好奇心を与えたのだろうし、なぜ光っているのかという素朴な疑問が17世紀から始まる科学の時代をけん引したのだろうとも思える。実際、ボイルやフック(法則だけではない)、或いはダーウィンなど多くの著名な研究者が光る生物を研究している。

西洋史観に偏りすぎる気もするが、大きな歴史の流れの中でコロンブス交換はマイナスの面よりプラスの面が大きかったと評価する歴史家も多い。ただ、この流れの中で今回のコロナ禍を考えることに違和感を覚える。私は「ポスト・コロンブス交換」という新しい段階に入ったような気がする。コロンブス交換に感じる人間の無邪気な欲望や稚拙な判断ではなく、底知れない時代の意図を感じるせいかもしれない。歴史家はプラスと言い切れるのだろうか?
  • 写真1 コロンブスも見たであろうゴカイの光。これは富山の発光ゴカイの光。
    写真1 コロンブスも見たであろうゴカイの光。これは富山の発光ゴカイの光。
  • 写真2 コロンブスと発光ゴカイのことを記述したNature誌(1935年)の論文 
    写真2 コロンブスと発光ゴカイのことを記述したNature誌(1935年)の論文 
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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