カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年08月20日

近江谷 克裕
第78回 Elucをめぐる旅の物語-日本四国・石鎚山にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
 つながりを探しに四国の石鎚山を訪ねた。そこは、昨年12月にタイ北部山岳地帯でミャン茶の製造工程を見て以来、熱望していた石鎚黒茶が作られていた場所だ。車を止め、3-40分山登りをすると、今は誰も住んでいないポツンと一軒家にたどり着いた。四国が梅雨明けを告げられた日だったが、夏空の下、そこからは山頂に少しだけ雲がかかった石鎚山が見えた(写真1)。周りをみると、石鎚黒茶の原料となる山茶が其処彼処にあった(写真2)。

 以前にも記したが、徳島の阿波番(晩)茶、高知の碁石茶そして愛媛の石鎚黒茶は、タイ北部のミャン茶とは少し似ていて、少し似ていない。共通点は発酵茶であることだが、石鎚黒茶は「茶摘み→蒸し→一次好気発酵→二次発酵(漬け込み、乳酸発酵)→乾燥」の工程を経て、お茶として飲まれる。少し酸味のあるすっきりした飲み口のお茶である。今、石鎚山周辺では個人、或いはグループで生産が行われている。今回、NPO法人石鎚スクエアの篠塚さんにお世話になり、生産工程を見学した(写真3,4)。また、最後の日、その製造法を今に伝えた石鎚山中腹の曾我部さんの元住居を一緒に訪問した。

 この場所に立つと、昨年訪ねたタイ北部のミャン茶を作っている場所と風景が似ていることにすぐに気付いた。確かに、こんな場所だった。ただ、ミャン茶は喬木のアッサム種の茶葉から作られるが、四国のものは低木の山茶や“やぶきた”の茶葉が原料である。農研機構で茶育種ユニットに属する山下さんによると日本にアッサム種が入ってくるのは明治期以降で、しかも容易に定着しなかったらしい。また、ミャン茶は製造工程で一次好気発酵が無く、直接乳酸発酵させるという違いもある。さらに、乾燥せずに噛んで楽しむ嗜好品である。乳酸発酵茶ということ以外、どこか似ていない。

 以前、お茶の製法は空海ら渡海僧或いは倭寇によって日本に伝播した可能性があると紹介したが、作っている様子や風景を見ているうちに、平行進化説が閃いてきた。平行進化とは生物学的に異なる系統間でも同じような環境下に置かれると、進化に関して同様の傾向が認められる現象を示すという説である。タイ北部山岳地帯と四国山地の集落は似たような環境、そして茶葉の種類こそ違えども原料があった。四国ではたまたま好気発酵した茶葉を袋に詰め嫌気条件にしたら栄養豊かな乳酸発酵茶が、一方タイ北部でも、たまたま茶葉を密封したら、美味しいミャン茶ができた、何てこともありそうな気がしてきた(あくまでも私見)。所詮、人間が考え、試すこと、似ていても不思議ではないはずだ。

最近読んだ高野秀行著「謎のアジア納豆」によれば、納豆は日本だけのものではなく、ミャン茶と重なるラオス、タイ、ミャンマー山岳地帯やブータン、インドアッサム地方にもあり、それぞれ発酵食品として親しまれているとのこと。高野氏は日本の身近な植物の葉っぱに煮豆をくるんでも、納豆もどきができることを紹介している。考えてみれば、乳酸菌も納豆菌も植物にとっての常在菌の一つに過ぎない。納豆の起源を探す難しさを高野氏は語っている。

この旅で見つけたものは、人類と菌たちのつながりかもしれない。私たちは菌たちの機能を知らず知らずのうちに活用、菌たちと共存してきたのだろう。だから、世界中の似たような風景の中で、最終的に似ているようで似ていないモノが生み出されるのかもしれない。

  • 写真1 夏空の元、頂上が少し雲に隠れた石鎚山
    写真1 夏空の元、頂上が少し雲に隠れた石鎚山
  • 写真2 昔、石鎚黒茶が作られていた山中に自生する山茶
    写真2 昔、石鎚黒茶が作られていた山中に自生する山茶
  • 写真3 蒸しの工程を終え、選別し、これから一次発酵をする
    写真3 蒸しの工程を終え、選別し、これから一次発酵をする
  • 写真4 一次発酵後の茶葉を袋に詰め、バケツの中で二次発酵を始める
    写真4 一次発酵後の茶葉を袋に詰め、バケツの中で二次発酵を始める
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn