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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2020年10月20日

近江谷 克裕
第80回 Elucをめぐる旅の物語-日本・秋の富山にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
水族館で少しうれしい話を聞いた。飼育員の彼は、コロナ禍でお客さんが来なくて大変だったが、日常の仕事に追れ、ゆっくりと生きものたちを見る時間がなかったことに気付いたそうだ。そして、じっくりと観察していたら、あらためて水族館はいいところだと気付き、新しい展示に対する意欲がわいてきた。そして、少しだが展示に工夫を加えたそうだ。日本中ネガティブモードの時代だ。多くの会社、組織、個人がコロナ禍で追い込まれているのが現実だが、こんな若者がいることにホッとした。

こんな話を聞いたのは、現存する日本最古の魚津水族館でのこと。魚津水族館は大正2年、北陸本線の全線開通を記念して開催された博覧会にあわせて開設された歴史を持つ(写真1)。北陸本線は黒部ダムを造り、関西に電力を運ぶためにも重要な鉄道だが、面白い副産物をもたらしたものだ。この水族館は歴史だけではない、3代目となる今の建物の中のアクリル板でできたトンネル水槽は世界初、そして波の出る水槽も日本で最初に導入したという。地方の小さい水族館だが、挑戦的な一面を持っている。これぞ最古の力かもしれないし、これぞ時代の流れの中で生き残ってきた理由かもしれない。

この水族館は私の専門である生物発光の世界でも有名である。代表的な発光魚の一つであるマツカサウオは、あごの先端の突起に発光バクテリアが共生し、光を発っている(写真2,3)。マツカサウオは松かさに似た外形で、黄色と黒の模様は独特だ。この魚は世界中にいるが、光ることを最初に報告したきっかけを作ったのがこの水族館である。何でも、突然の停電のため館内を巡回したところ、発光魚であることを発見したらしい。また、水族館の目の前の海にはホタルイカが集まることから、3月末から5月上旬までのホタルイカの展示もあり、世界中の研究者、サイエンスライター、写真家が憧れる場所でもある。

以前も書いたが、私は春にはホタルイカ、秋には発光ゴカイを採取するために富山を訪れている。今年も、仲間で4-500匹の発光ゴカイを採取した(写真4)。歳を重ねたせいか、年々、私の漁獲(採取)量は減ってきているようだが、夜、海の中で発光する生き物を採取するのは気持ちがいいものだ。私の研究の原点は、やはりフィールドにある。クラゲの発光を見た米国ワシントン州フラーデーハーバー、Elucの元となるヒカリコメツキのブラジルの熱帯雨林など、現場で感じたことが今の研究につながっていると信じている。それは、フィールドなら立ち止まり、落ち着いて周りを見渡せ、考える時間を与えてくれるせいかもしれない。

コロナ禍の中、日本という国が、世界が窮屈になっているように思える。ウイズコロナという言葉により、社会や組織が個人を、あるいは個人が自分自身を追い込んでいるようにさえ見えることがある。でも、水族館の飼育員さんのように立ち止まる時間ができたからこそ、気付くこともあるはずだ。今を窮屈に思う人には、立ち止まっても良いと言いたい。そして、ついでに自分の周りを見直すことで十分だろうと言いたい。今、私は小学校高学年生向けの生物発光の本を書いているが、これは外国に行けなくなって、少し立ち止まっていた自分への答えかもしれない。
  • 写真1 魚津水族館からみた日本海。すぐ近くでホタルイカが取れる。
    写真1 魚津水族館からみた日本海。すぐ近くでホタルイカが取れる。
  • 写真2 マツカサウオ。あごの下に発光器がある。
    写真2 マツカサウオ。あごの下に発光器がある。
  • 写真3 マツカサウオの水槽近くのウミサボテン。夜間、触手の部分が光ります。
    写真3 マツカサウオの水槽近くのウミサボテン。夜間、触手の部分が光ります。
  • 写真4 発光ゴカイたち。私の漁獲量は年齢と共に減少。
    写真4 発光ゴカイたち。私の漁獲量は年齢と共に減少。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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