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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年01月22日

近江谷 克裕
第83回 Elucをめぐる旅の物語-大阪にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
花博(国際花と緑の博覧会)が開催されてから30年が経過した。跡地となった鶴見緑地公園は私の週末の散歩コースで、のんびり歩くのにはちょうどイイ。単身赴任が終わり久しぶりの大阪。40代、50代ではのんびり散歩など考えられなかったが、今ならのんびり歩くことができる。光る生き物と付き合っていたので森の中を歩くことがあっても、公園の植物をのんびり見ることの習慣はなかった。1年を通して公園を歩く体験は初めてである。

植物が好きな方には、こんな無知な生物学者に驚かれるかもしれないが、バラの種類の多さ、多様な色彩、花弁の数の違い、そして鑑賞期間の長さなど、その多様性には驚かされた(写真1-4)。大阪の冬でも結構!?けなげに咲いている。品種改良など、人が手を加えれば無限な可能性を秘めていることに植物の大きな可能性を感じてしまう。動物の場合、育種による改変もあるが、最近はゲノム編集、遺伝子のノックイン、ノックアウトなどの手法で動物を改変することは可能だ。しかし、改変の許される範囲、改変できる範囲は植物より限定的な気がする。

私の本業は光る生物の研究であるが、その応用法の一つとして光る生物の作成がある。体内時計を知らせる光る細胞による体内時計を調整できる薬の開発、光るがん細胞によるがん抑制効果の検証など、今では多くの場面で生物の光が使われている。それでも光で生物の一生を追うことは簡単ではなかった。最近、我々は2つの遺伝子発現を追跡できる線虫を開発し、受精卵から成虫まで、一つの生物の生から死まで、特定の遺伝子の一生を追うことに成功した。まだ線虫レベルではあるが、生命の仕組みを知る手段になると期待している。

光る生物の最近の話題だが、友人でもあるロシア人研究者ヤンボルスキー博士がキノコの発光機構を解明した。従来、あらゆる光る生きものの発光基質の生合成系(生体内で基質が作られる過程)は解明されていなかった。ロシアのグループはこの生合成を含めて解明した。その結果、発光に必要な仕組みをすべて導入した人工的に完全に自前で光る植物の作成にも成功した(https://www.light-bio.com/about)。光るマウスなども作られているが、基質は生体内で合成はできず、外から加えなくてはいけないので、光る植物の作成は画期的だ。やはり、植物のほうが多様性を受け入れる素地があるのかも知れない。また、動物の改変ほど倫理的な側面を含めたハードルが高くないのかもしれない。

ところで、バラの育種、品種改良の歴史は古代オリエントにさかのぼるともいわれている。また、日本にもバラの原種が存在し、江戸時代から品種改良が盛んに行われていたようだ。現在なら遺伝子操作による短時間の育種も可能かもしれないが、ここまであるバラの多様性は、人のたゆまぬ努力、挑戦が生みだしたものであろう。同様に研究者の育成にも近道はなく育てる方も育つ方にもたゆまぬ努力、挑戦が必要だろう。このコロナ禍の中、留学ができなかったり、研究費の偏在があったりなど気になることが多い。ポスドク研究者が行くところがないという悲痛な叫びに胸が痛くなることも多くなった。バラのように多様なものを生み出す作業こそ、研究レベルの維持につながるはずだ。コロナ禍で多くのことが忘れ去れている。
  • 写真1 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
    写真1 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
  • 写真2 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
    写真2 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
  • 写真3 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
    写真3 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
  • 写真4 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
    写真4 私のお気に入りのバラたち(この一月に撮影)
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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