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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年02月23日

近江谷 克裕
第84回 Elucをめぐる旅の物語-研究室にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
喉の奥に引っ掛かった魚の小骨のような論文がアクセプトされた。12年前に投稿しようと考えていた論文が、やっと日の目を見ることになった。論文はポスドクのO君が書いたもので、もう少し実験をすれば面白い仕事に、そして、もう一段高いレベルの雑誌に掲載されるという思いがあり、論文投稿に踏み切れなかった。その後、何となく決心がつかず、追加実験することもなく12年の歳月が流れた。時折、論文のことが小骨のように気になっていたが、出しそびれてしまった。

以前にも紹介したが、私たちはウミホタルという光る生きものを青森県陸奥湾から沖縄県西表島までの400か所以上の場所を探索、47か所でサンプルを採取した(写真1,2)。このうち代表的な5つの地域に生息するウミホタルのミトコンドリアDNAの全配列を決定した。通常、同一種のミトコンドリアDNAの配列を決定すれば、地域差など気にしないものだが、O君の意欲と比較的研究費に余裕があったので行うことにした。その結果、ミトコンドリアのタンパク質内の特定のタンパク質の、特定の場所のアミノ酸が異なることが明らかになった。ミトコンドリアはエネルギーの生産に関わる重要なタンパク質なので、その当時、アミノ酸の変異はウミホタルが生きていくための重要な機能進化の証かもしれないと考え、さらに調べればもっと面白くなるという研究者の直感が小骨を生んだ。

12年という時間経過は、もう論文投稿は無理かもしれないという気持ちとなり、また、追加実験も無理な状況になってしまった。でも小骨は気になるもので、信頼する若手研究者F君に論文を読んでもらった。彼のコメントは、最近の文献等のデータを加えれば、今でも十分に発表価値があるというものだった。そこで、全面的に改訂し去年の秋に投稿した。が、3人の査読者の厳しいコメントにはひるみそうになった。特に、「最近の手法で解析をせよ」のコメントには、確かに12年前の手法だから、当たり前のコメントと思いながらも、絶対追加実験をしないという信念のもと、コメントを返した。その結果、何とかなったわけだが、査読者から、謝辞の中に、名の知れない査読者に感謝を加えろという再コメントをいただいた(笑)。

私自身驚いたのは、査読者のお陰で、違った結論に導かれたことである。12年前だったら受け入れ難かった推論も、今なら結論として受け入れてもよいというコメントに、12年の歳月の中での科学常識の変化を、12年間も論文を温めてきたわけではないが、時間経過の面白さを感じた。しかし、若い研究者には、あまり良い教訓ではなく、少し恥ずべき経験だが、結果オーライとしてO君、F君に感謝している次第である。小骨が取れて、ホッとしているが本音である。

さて、研究には「旬にしか耐えられないもの」と「旬が過ぎても耐えうるもの」があるように思える。競争の激しい分野では、前者に重きを置くことが多いかもしれないが、それらの研究成果は忘れ去られる可能性が高いような気もする。さすが、12年は論外かもしれないが、後世の研究者がみても恥じない研究をしたいものだ。そして、「旬が過ぎても耐えうるもの」には時間が必要であり、コンスタントに支援される状況が必要だろう。今の日本の競争原理に基づいた研究だけでは後世には何も残らないのではないだろう。
  • 写真1 発光するウミホタル。生きたウミホタルを自ら引き上げた刺激で発光する。
    写真1 発光するウミホタル。生きたウミホタルを自ら引き上げた刺激で発光する。
  • 写真2 乾燥したウミホタル(体長2-3mm)。乾燥ウミホタルは水を加えれば発光する。
    写真2 乾燥したウミホタル(体長2-3mm)。乾燥ウミホタルは水を加えれば発光する。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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