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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年03月22日

近江谷 克裕
第85回 Elucをめぐる旅の物語-研究室にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
「先生、新大陸発見なんて、書いてはいけません!」と、某社の編集者Fより注意喚起が入る。「小学生向けなのですから、小学校の教科書を少し読んでください」と、再び、注意喚起。現在、小学校高学年を対象にした、“光る生きもの”に関する図鑑を作成中である。確かに、「コロンブスの新大陸発見」はヨーロッパ人の見方であり、そこに住んでいた人間からみれば、訳がわからん奴らがやって来ただけのことである。確かに、“新大陸発見”はNGだ。
Fの注意喚起はまだまだある。私が記載した「日本人は古来よりホタルを愛する民族」はスレスレとのこと。今や小学生の中には、場合によって10%超える外国籍の子供たちがいて、民族や国籍を強調することに、科学の本であっても敏感とのこと。他に「奥様」、「夫人」、「家人」などなどNGワードの講義は続く。よって、小学生向けの本を書くためには、今の教科書を熟読する必要があるようだ。

さらに、光る生きものの写真はなんでもOKだが、人為的に作られた光るマウスの写真はNG。人為的に作られた光る花ならまだOK。現代科学の成果でも小学生には衝撃的なものは避けて欲しいとのこと。また、ウミホタルの歴史をたどると、どうしても太平洋戦争中に子供たちが日本軍のためにウミホタルを集め、それが戦後、アメリカに渡った話など、戦争にまつわるエピソードもやめましょうということになった。事実を曲げて書くより書かない方がよい。興味さえ持っていれば、10代、20代になった時に、調べてもらえれば良いということだ。

何だかんだと半世紀前に小学生だった人間の思い込みと、今の小学生に教えられる常識は大きく変わったようだ。歴史観の問題、ジェンダーの問題、そして人種の問題など、50年前の状況と、いやいや10年前の状況とも大きく変化している。森元首相の発言ではないが、今やジョークでは済まされないことが身の回りに多いことを、年寄りは胆に銘じなくてはいけない。いやいや10年前の常識さえ通用しないのだから、今という時代に生きる誰もが敏感に感じなければならない時代だ。

光る生きもの本を制作していて、「どうして光っているのか?」という、おそらく子供たちの素朴な疑問に対して、どこまで答えることができたのか、今でも自信が持てない。これは生きものが光るということで、食べられるという食物連鎖の中の最大のリスクを持っているからである。おそらく光る生きものは、種として生き残るため、リスク(損失)を持ち合わせてのベネフィット(利益)を優先するか、あるいはリスク(危険)を感じながらのセーフティ(安全)を優先するかという課題を抱えながら、光るという機能をリスク管理の武器にしたのだろう。例えば、ホタル(写真1)は光ることで子孫を残す利益を、ホタルイカは姿を隠すことで安全を確保しているのだろう。でも発光バクテリア、発光キノコ(写真2)や夜光虫のように、これは利益なのか安全なのか上手く説明できないものも多い。そんな時は私がリスク(不確実)を意識した表現をとることになる。よって、自信が持てないのも、しょうがないことかもしれない。

さて、人も同じように、常にその行動にはリスクが伴っている。どんな発言、行動にもリスクはある。しかし昨今の困った大人たちのリスク管理はNGだ。彼らは小学生の教科書を読むべきだし、さらに彼らには生きものの甘くないリスク管理を学んで欲しいものだ。
  • 写真1 ヘイケボタルの発光は雌雄の交信 (産総研 丹羽博士提供)
    写真1 ヘイケボタルの発光は雌雄の交信 (産総研 丹羽博士提供)
  • 写真2 ヤコウタケの発光は?単なる代謝?それとも種の拡散?(電通大 丹羽先生提供)
    写真2 ヤコウタケの発光は?単なる代謝?それとも種の拡散?(電通大 丹羽先生提供)
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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