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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年05月19日

近江谷 克裕
第87回 Elucをめぐる旅の物語-本棚の前にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
コロナ禍の中、本棚の前で思う。「生を踏んで恐れず・高橋是清の生涯(津本陽著)」。明治の初め、アメリカに留学、奴隷にまでなりながらも前向きに生きた男。山師となり本物の経済を学び、昭和の大恐慌を乗り越え、さらには81歳で大蔵大臣に就任。そして、最後まで軍部と対抗し軍拡反対を貫き、226事件の凶弾に倒れた是清の人生が清楚な文章で語られている。是清の死後、堰を切ったように、日本は戦争への道をひたすら走り続けることになる。是清なら、このコロナ禍の経済を、どう舵取りをしたことか?
 
「昭和16年 夏の敗戦(猪瀬直樹著)」。太平洋戦争突入前、大日本帝国政府は軍、官、民の精鋭を集めた総力戦研究所を設立し、米国との戦争に関してシミュレーションを行った。結果は惨憺たるもので、日本の敗戦が予想されていた。にもかかわらず、日本は戦争へと突き進むことになる。米兵の100発の銃弾より、日本兵の一発必中の1発の銃弾が勝るという論理は、この戦争からロジスティクスという言葉の概念を消し去った。ワクチン接種に注射器さえ十分に準備されていないのは、今でもロジスティクスできない日本人の故だろうか?

「抗命(高木俊朗著)」。太平洋戦争終盤、今のミャンマーで計画、実施されたインパール作戦に迫るノンフィクション作品。牟田口中将の無謀な作戦、その無謀さを肯定しかできない中枢部の無能さ、実施段階の計画性の無さをあまねく伝えている。地図もしっかりないのに、また、現地の人々の支援も受けられる状態ではないのに強行し、多くの兵士の犠牲を強いた作戦であった。戦後、牟田口は「失敗はすべて部下の無能さのため」と強弁した。何度かミャンマー上空から密林を眺めたが、深い緑の森は亡くなった兵士たちの無念さを語ってはくれない。コロナ禍が過ぎれば、そこに何があったのか、誰も語ろうとしないかもしれない。

「失敗の本質 日本軍の組織論的研究(戸部良一ら著)」。ノモンハン事件、ミッドウェー作戦などの一連の代表的な作戦の失敗を通じて、組織としての日本軍の欠点を洗い出している。著者らは、日本軍を批判し、その遺産の継承を拒絶することが出版の主目的であった。しかし、戦後も40年近く経った後の著作であり、それまでに戦争を正しく振り返ることさえできない民族が日本人だということが残念でならない。

4つの本を思い出しながら、今も、こんなことが形を変えて進行しているのではないだろうか?もしくは、失敗を転嫁する誰かさんがいるのではないかと感じてしまう。特にコロナ対策を見ながら、なぜ、政治家、官僚、マスコミ、そして私たちもまた、かくも失敗の歴史を学んでいないのであろうか?「ローマ人の物語(塩野七生著)」でカエサルは言う「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(写真1,2)。今、私たち何を見ようとしているのだろう。
 
暗い話だけで申し訳ないので、私の魔法の本を紹介しましょう。これさえ読めば心が和むはず。それは、新訳「赤毛のアン(モンゴメリー著、松本侑子訳)」シリーズ。季節の変化を感じつつ、成長するアンとともに泣いたり、笑ったりできるから不思議な本だ。アンは思う、「朝ごとに、新しく始まり 朝ごとに、世界は新しく生まれる」。いつかコロナに怯えなくても良い新しい朝が始まるはずだと願うばかりである。
  • 写真1 カエサルの愛したローマ帝国の夢の跡、フォロ・ロマーノ
    写真1 カエサルの愛したローマ帝国の夢の跡、フォロ・ロマーノ
  • 写真2 カエサルの愛したローマ帝国の夢の跡、フォロ・ロマーノ
    写真2 カエサルの愛したローマ帝国の夢の跡、フォロ・ロマーノ
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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