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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年07月20日

近江谷 克裕
第89回 Elucをめぐる旅の物語-本棚の前にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ほぼ同時期に構想、書き進めた2冊の本をやっと上梓した。1冊は学生向けに光る生物の基礎から応用までを、これまでの自分の経験を中心に書きこんだ(写真1)。一方、子供向けの図鑑は、この連載の中でも愚痴っていたが、編集者の「子供にわかりやすく、且つ間違いなく伝える」という方針から、慎重且つ思い込みに頼らず書きあげた(写真2)。いずれにしても2冊の本を書き終え、上梓できた充実感は何事にも代え難い。が、この1年間に使った時間を、次の1年で何に使おうかと、海外に行けない今、直ぐに気になるのも私の性分だろう。

私は30代後半から専門書を中心に本を世に送り出してきたが、“もの書き屋”の基礎を作ってくれた二人の恩人がいる。その一人が、「ヴォート基礎生化学」の訳者の一人である静岡大学名誉教授の八木達彦先生である。私は1996年に八木先生退官後の研究室を助教授として引き継いだが、その縁で学生操縦法を含めて、いろいろと教えていただいた。学生実習のことを相談した際、新しい「生化学実験法」が必要ということになり、先生と共著で本を書くことになった。最終的に東京化学同人から出版したが、未熟な私に“もの書き”のイロハを教えてくれたのが八木先生だ。また、丸善から「コア生化学」を出版したが、翻訳のイロハを教えてくれたのも八木先生だ。

もう一人の恩人は、手作りの科学文芸誌「ミクロスコピア」の編集代表の新潟大学名誉教授の故藤田恒夫先生である。先生は編集者というより、「鍋の中の解剖学」など軽妙なエッセイでも有名な先生。その文章には独特の間、リズムがあり、私がエッセイを書く時の、お手本になっている。しかし、それ以上にエッセイから感じる人柄が大好きだ。ある時、フランスに入国する際に揉めたそうだが、あたかも「レオナール・フジタ」と関係するかのようにふるまって、相手を煙に巻いたなど、嬉しそうに語っていた。だいたい科学文芸誌というジャンルさえ、藤田オリジナルではないだろうか?

藤田先生のミクロスコピアには、北大医学部にいた2000年代後半に5回ほど連載した。始めに先生は「書いたものに、私は遠慮なくダメ出しをします」と宣言された。宣言通り、1回目の原稿は隅々まで修正を言い渡され、それなりにあった私の自信は見事に打ち砕かれた。しかし確かに直せば、文章が生き生きとした大人の文章になっていた。それでも5回目の寄稿文は、ほとんど直されることもなく、1年間で文章力が向上したと、先生に褒められた気分になった。「ミクロスコピア」の100号記念パーティだと思うが、先生とは1度だけ直接お会いしたことがある。貴重な恩人との出会いだが、何を話したかは惜しくも覚えていない。

藤田先生は段落の中に収める一つの文章の長さや文章の数にこだわりを入れるし、文末の動詞の使い方にもルールがあった。私はその影響を確実に受けていると感じている。さて、今回の2冊の本の共著者は異なっている。学生向けの本は産総研の共同研究者の一人である三谷さんとの、図鑑は静岡大学時代の教え子の小江さんとの共著である。共同で“もの”を書くことで、私が恩人から伝えていただいた“何か”が、そして私が作ってきた”何か“が次の世代に伝わってくれればと思っている。本を上梓するのは、単に本が出版されるだけではないのだと、つくづく感じる今日この頃である。

  • 写真1 生物発光の基礎から応用を、私の経験をもとに記述した本。
    写真1 生物発光の基礎から応用を、私の経験をもとに記述した本。
  • 写真2 子供たち光る生きものに興味を持っていただきたい思いの図鑑。
    写真2 子供たち光る生きものに興味を持っていただきたい思いの図鑑。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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