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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年08月20日

近江谷 克裕
第90回 Elucをめぐる旅の物語-TVの前にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
オリンピック柔道をみていたら、"SHIDO"という言葉が気になった。もちろん、日本語では「指導」だが、判定を業とする審判が、同時に教育的な指導をするという構造がちょっと変と感じたのである。審判に指導されることに、選手はどう思っているのだろうか?おそらく、"SHIDO"というルール上の判定のひとつと割り切っているだろう。一方、英文字にすることで漢字の持つ意味がなくなり、何でも許されるのかも知れないとも感じる。

"SHIDO"の中でも、解説者がいう「かけ逃げ」も不思議な気がした?正式な国際柔道連盟試合審判規定には「かけ逃げ」という言葉はなく、「偽装的攻撃」が正式名称である。「かけ逃げ」とは見事に行為を言い当てているとは思うが、その判断の難しさを、さらに感じてしまった。時として、表現力が乏しい人間が勝負をかけたつもりが、他人にはそう思えないことも多いように思えるからだ。だからこそ、審判が判断して"SHIDO"するのだろうという理屈になるのかもしれないが、経験が豊かな方、現役感覚のある方が審判になって欲しいものだ。

話は変わるが、最近、研究現場で気になる言葉に「社会実装」がある。研究成果を社会に還元し、社会に役立てることを念頭に入れた言葉のようだ。うがった見方をすれば、現在、研究予算は限られており、研究者の置かれている研究環境は非常に悪く自由に研究を進める状況にはない。研究行政に携わる側からみれば「社会実装」を目指し、研究成果を社会還元するので、税金をくれと言っているような気がする。研究を管理する側も、研究費を得るために、研究者に「社会実装」を目指せと𠮟咤激励しているのだろう。

そんな研究環境に置かれている若手研究者から、どうすれば自分の研究が「社会実装」につながるかと相談される。私の回答は、そんなことを考えるより、今、自分が持っている研究テーマを楽しみ、その世界を拡げることが重要だと言うことにしている。なまじ「社会実装」などと上段に構えず、好きな研究を自由にやれば結果がついてくると言ってやる。ただ、多くの若手研究者の中には自らの研究テーマを基礎、応用研究と進め、何とか企業と一緒に製品化することが、一つのゴールとしての「社会実装」と思い、企業を紹介して欲しいのかもしれない。

私は、光る生き物の基礎研究から、応用、製品化研究を進め、商品化した経験があるが、「製品」イコール「実装」したとは思っていない。製品化したから、その技術が社会の一員になれたかと言われると、全く違っているように思っている。私の経験で、技術が少しは社会の一員になったと感じたのは、その製品が利用されたアッセイ系がOECDの安全性試験のガイドラインになった時である。自分が生み出した技術が社会の小さな歯車の一つになったことは感慨深く、自分の研究者人生を豊かにしたと、今も思っている。同時に、多くの時間が割かれたマイナスの部分もあり、研究者の誰もが目指すものではないと感じたのも事実である。

最近の若手研究者は、まじめで素直な方が多く、管理者側の要求に応え様とする傾向が強い。そのため、純粋に研究を楽しむことができていない気がする。私は「実装」を“JISSO”として、それが本来の実装とは違うことを理解し、研究を真剣に楽しんで欲しいと思っている。失礼ながら、「偽装的社会実装」だっていいじゃないか。
(今月は夏の夕焼けの写真としました。残暑お見舞い申し上げます。)
  • 写真1 つくばの駅前から見た夕日。
    写真1 つくばの駅前から見た夕日。
  • 写真2 羽田空港から大阪空港に戻った時に見た夕日。
    写真2 羽田空港から大阪空港に戻った時に見た夕日。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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