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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年09月21日

近江谷 克裕
第91回 Elucをめぐる旅の物語-学位審査にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
学位審査の場でPupeの涙をみた。私はタイのVISTECという大学院大学の招聘教授を務めており、過日、学位審査にWEBで参加した。VISTECは4年前に創立され、マヒドン大学の修士学生であったPupeは開学と共にVISTECに進学した(写真1)。コロナの影響で大学もロックダウンし、1年遅れの学位審査であったが、発表も終わり、指導教官のPimchai先生に謝辞を述べる段に、突然泣き出しのである。先生に対する感謝と苦しかった4年間を思い出したのかもしれないが、日本の学位審査を知る私には意外な展開だった。

学位審査は、指導教官を含めてVISTECの教官が3名、外部審査員としてタイの他大学の教官、タイの研究機関の研究者、そして私の6名で構成されていた。はじめに大学内のポスドクや在学生など40名程度を前に発表、その後、非公開の審査となった。これ自体、日本とは変わらないが、学生たちの活発な討議には、おとなしい日本の学生との違いを感じた。少し的外れの質問があり、Pupeが立ち往生した際、Pimchai先生が代わりに返答した。Pimchai先生を始め、タイの大学の多くの教官は欧米で学位を取得しており、審査が厳密だろうと想定していたので、助け舟を出すのは意外な展開だった。

Pupeとの出会いは7年前にさかのぼり、マヒドン大学のPimchaiラボだった。彼女は博士課程では、私のラボに数か月滞在、実験をしたこともあり、タイ人らしい大らかさと勤勉さを備えた研究者の卵である。VISTEC出身の初めての博士としてPupeは旅立つようだが、まだ、正式なポストは決まっていないようだ。コロナ禍で思ったような就職活動もできず、留学もままならない状況なのだろう。ただ、Pimchai先生はスタートアップ会社数社に関与しており、まずは、彼女の能力を生かす場はあるだろう。

ふと30年以上前の自分の学位審査を思い出した。審査の場面では緊張していただろうが、感謝の涙は出るような場面はなかった。むしろ、医学系だったので、4年間の長い博士課程がやっと終わった安堵と次に進む道に対する期待感の方が大きかったような気がする。だが、当時はオーバードクターという言葉もあり、ポスドクという言葉は珍しく、自分の将来など予想できなかった時代だ。私は学位取得後、大阪バイオサイエンス研究所でポスドク生活を、その後、当時の新技術事業団の「さきがけ21」の研究員、そして静岡大学の教官となった。今の研究テーマに出会えたポスドク時代がなければ、そして、がむしゃらに実験をしたポスドク期間がなかったら、今の自分はないだろう。

1990年代に研究者人生をスタートした私には、幸いにも研究費に困った記憶はない。昨今の特定分野への集中投下的予算配分ではなく、比較的バランスよく配分されたことにもよるだろう。また、研究者として勝負をかけた40代、大学を辞め独法されたばかりの研究所に異動したが、同時期に推進されたミレニアムプロジェクトの波に乗れたお陰で、研究費には困らなかった。私見だが、独法化は初期段階において、立ち上げ時の熱い思いもあり研究者サイドに立って上手く進んでいた。しかし、2010年代の急激な予算の減少、制度疲労、併せて過剰な組織の安心安全思想が、研究現場を蝕んだように思えてならない。今後、気が付いたら日本から良質な研究者がいなくなるという、意外でもない展開になるのかもしれない。
  • 写真1 VISTEC開学時の記念撮影(右から1人目がPupe、右から3人目が私、そして5人目がPimchai先生。
    写真1 VISTEC開学時の記念撮影(右から1人目がPupe、右から3人目が私、そして5人目がPimchai先生。
  • 写真2 大好きなバンコック、チャオプラヤー川の川岸から見た夕日。
    写真2 大好きなバンコック、チャオプラヤー川の川岸から見た夕日。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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