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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年10月19日

近江谷 克裕
第92回 Elucをめぐる旅の物語-富山・魚津にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
よーく見ると、エビ・カニ類の幼生と思われる小粒の生命体で一杯だ。例年になく海水温が高い富山湾で、例年通り、光るゴカイを採取した(写真1)。生暖かい風に、そして、水温も高い。苦も無く海水に手を入れ、一心不乱に光るゴカイを採っていたら、幼生群もバケツ一杯に。こんなことは珍しいと水族館の方々もびっくり。好きな表現ではないが、地球温暖化のせいなのか?それでも例年以上に光るゴカイ(写真2、3)を採取でき、一同、大満足の採取となった。
 
黒潮は日本沿岸の生物群に大きな影響を与えている。南の海の多くの生物をのせた潮流は対馬暖流となり、日本海に入り込み、能登半島や富山湾に生物群を運びながら、最後は、青森県陸奥湾に流れ込む。水族館の館長によると暖かい海を好む生物群は、対馬暖流にのり、富山湾にたどり着くが、これまでは越冬できず、定着することは難しかった。が、最近は定着する例も増えている。ただ、定着するには水温だけではなく、エサの問題、海水と真水の混ざり具合など、複雑な生息環境条件が関わってくる。簡単に地球温暖化というのは早急な気もする。
 
暖流の影響かもしれないが、私たちは石川県能登島で光るフサゴカイを発見した(写真4)。フサゴカイは頭部に多数の糸状の房が見られるので、この名前が付いたが、ミクロネシアなどで発見された記録がある。日本では1936年に浅虫で発見されたという記載はあったが、それ以降はなく、世界的にも幻の発光生物の一つであった。それが、4,5年前に共同研究者である日本水中映像のカメラマンの方が偶然、光る映像を撮影し、その映像を見たことから共同研究に発展した。能登島で見つかったとはいえ、生態もわからず、毎年数10匹ほどしか採集できず、時間ばかり経過したが、今年、学術論文としてやっと発表することができた。

富山湾のゴカイはシリス科で緑色の発光だが、フサゴカイはフサゴカイ科で青紫色の発光である。この発光色の生物は他にはおらず、発光の詳細な仕組みの解明が、次の大きな課題である。だが、共同研究者のお陰で、学術論文に中で映像を公開できたことは、世界に誇れる成果と考えている。是非、皆さんに見ていただきたい(アドレスは最後に)。
 
野外調査から始まる研究は、まずサンプルを集めることから始まる。魚津のゴカイ採取は20年以上前から始め、最初の論文になったのは数年前である。さらに、このゴカイの発光メカニズムを深堀したくて採取を続けている。また、フサゴカイは少しずつサンプルを集め、数年前から本格的な研究を始めたが、わからないことばかり、今後も採取を続けるだろう。もっと効率よく採取できる場所があるはずだが、限られた人数で、同時期に外の場所を探すという決断ができないのが現実である。対馬暖流のたどり着く場所にはいるはずだ。
 
数10年前から、発光生物を追う旅を続けてきたが、まだわからないことばかりである。記録に残っていても、生息地の環境の変化で絶滅したものもいるかもしれない。それでも、欲をもちながら、よーく見ていけば、自然は何かを教えてくれると信じたいと思っている。年1度、研究者の原点に戻れるのが魚津の海岸かもしれない。
*フサゴカイの映像https://www.youtube.com/watch?v=KEsU0kWAEfg、https://www.youtube.com/watch?v=24dxvPlBDB0
  • 写真1 穏やかな富山湾の夕暮れ
    写真1 穏やかな富山湾の夕暮れ
  • 写真2 採取した発光ゴカイ
    写真2 採取した発光ゴカイ
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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