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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年11月22日

近江谷 克裕
第93回 Elucをめぐる旅の物語-時計を前にして-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
好いナァ、「秋は夕暮れ」(写真1)。暮れなずむ街が茜色に染まり、「秋の日は釣瓶落とし」と実感する。不定時法の江戸時代、“一日の夜明けと日暮れを基準にして昼と夜をそれぞれ6等分”し、その長さを一刻(いっとき)とした。故に、秋から冬にかけての一刻の長さは、夏に比べて短くなる。秋の“暮れ六つ”は、江戸時代の庶民には急いで後片付けをするための知らせだったのだろう。しかし、不定時法は農業などに従事する人のために生まれたらしく、清少納言の平安時代は1日を12等分した定時法の時代であった。定時法だからこそ、仕事の後片付けなんて気にしないで、優雅に秋の茜色を楽しめたのかもしれない。
 
機械時計が生まれたのは14世紀のカトリック修道院と言われている。丸谷才一氏は自然に生きる農民のための地方時間に対し、「永遠普遍につながろうとするカトリックの僧侶たちは、そうした自然に反逆して、普遍的な定刻というものを求めた」と機械時計が生まれた背景を説明した(日本史を読む・中公文庫)。後年になるが機械時計の発達により労働時間という概念が生まれ、資本主義の世界へと西洋社会は変容を遂げることになる。一方、機械時計は宣教師と共に日本にやってきたが、江戸時代になると独自の和時計へと深化し、定時法と不定時法の二つを表示できるものも。まさに日本人らしい時計との付き合い方だ。
 
さて、私たちの身体の中には正確なリズムを奏でる体内時計が存在し、体内の多くの生理現象は24時間周期で制御されている。よって、体温変動やホルモン変動なども体内時計に制御されている。体内時計は複数の時計遺伝子が歯車のような役割を担い、それらの遺伝子発現を相互に制御することで、24時間周期を生み出している。体内時計のユニークな点は細胞1個1個に存在し、臓器ごとに時を刻んでいる点。ただし、実際は24時間周期ではなく、多くの人の時計は24時間より少し長く、臓器によっても周期性は少し異なっている。
では、どうして、身体全体の日周リズムが狂わないのか?それは目から入った光信号をリセットの合図とする司令塔“視床下部の視交叉上核”が体内時計全体を制御するからである。よって、この制御が狂ってしまうと睡眠障害などの病気が発症することになる。寝際にTVゲームなどで強い光を見続けることは、睡眠障害の原因の一つとも考えられている。いずれにしても、生きものの中には普遍的な定時世界が存在している。時計が普遍性を伝える神であるのなら、「神は細部に宿る」とは、よく言ったものだ。
 
体内時計の乱れは、身近な出来事である。海外旅行からの帰国後、よく眠れないなどの時差ボケがわかりやすい例であろう。でも、いずれ体内時計の乱れは修復され、元通りのリズムに回復する。ただし、体内時計の発信力に個人差があるようで、修復時間には差があるようだ。以前、被験者として海外出張中、4時間ごとに唾液を採取、帰国後に調べられた。その結果、私の体内時計は海外滞在中でも変化しないらしく、研究者からみれば、つまらない研究対象らしい。が、海外出張が苦にならないのは、この鈍感時計のお陰かもしれない。
 
来るネェ、「冬はつとめて」(写真2)。凛とした冬の早朝、白い息で手を温めながら日を浴びるのもいいものだ。きっと目から入った光は体内時計をリセットさせることだろう。コロナに負けないためにも体内時計の管理をお忘れなく!
  • 写真1 我が家からみた夕暮れの西の空
    写真1 我が家からみた夕暮れの西の空
  • 写真2 我が家からみた朝焼けの東の空
    写真2 我が家からみた朝焼けの東の空
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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