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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2021年12月20日

近江谷 克裕
第94回 Elucをめぐる旅の物語-つくばにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
また、いつもの光景だ。本年度、ノーベル物理学賞受賞者の眞鍋淑郎先生は基礎研究の重要性を説き、若手研究者が楽しんで研究をすること、それができる環境が必要であると語った。21世紀にノーベル賞を受賞した日本人研究者の誰もが同じようなことを言ったような気がする。私の身近な存在であった2008年のノーベル化学賞を受賞した下村脩先生も基礎研究を、そして研究を楽しむことの重要性を説いていた。ついでに、その時、盛んにマスコミでインタビューされた私も、地道な基礎研究にこそ、研究費が必要と言った覚えがある。マスコミは毎回よくも同じ報道をできるものだし、なぜ、政治家、官僚には届かないものなのか。

結局10年以上経過しても、基礎研究に風が吹いているとは思えない。確かに少しずつだが、科学技術予算全体は増えているようにも見えるが、米国、中国、ドイツから大きく水を開けられ、しかも科学技術予算が老朽化した施設の改修やリニューアルに回り、真水の研究費は増えているとは言い難い。また、競争的資金という選別により、例えば、生命科学ではゲノムや腸内細菌の大規模コホート研究や実用を意識した再生、創薬研究に大きな資金が流れているのが現状だ。これらの研究の重要性は理解できるし、必要とも思えるが、アンバランスさを感じるし、太平洋戦争の巨砲大鑑主義に見えているのは私だけだろうか。全体的な底上げが必要なはずだ。

過日、研究所の若手研究者と話すことがあった。彼らは社会実装という言葉に振り回され、研究テーマを楽しむというよりは、企業と共栄できる研究テーマを見つけることに苦労している。さらに、安全管理は細微にわたり、創出されるルールに振り回されているのが実情だ。今の若手には闇研(ヤミケン)の言葉は理解できないだろうし、勧めるものなら**ハラスメントになるだろう。“NHKのプロジェクトX”で語られたヤミケンが大きな発明を生んだなんて、今はいえない。もう時効だろうが、私はポスドク時に6時以降になれば全く関係ない研究テーマを行い、共同研究者と共にイモリの惚れ薬”ソデフリン“を発見、Science誌に掲載された。今なら完全なアウトだろうが、気に入った研究者たちと研究を楽しんだ日々は忘れられない。

また、研究所の若手の事務方と話す機会もあった。研究者と違い、事務方の仕事の範囲は広い。経理、庶務、広報や契約などなど、新人は大体2,3年ごとに異動し、場合によっては地方への転勤や関連省庁へ出向する。多くの仕事をおぼえる必要がある割には、研究者ほどの裁量権はない。また、最近は研究者との交流も希薄で、仕事の意味を失うことも多いようだ。特に、コロナ禍の中、人と人の交流も減り、仕事のモチベーションが上がらないのが実情だ。研究所が一体となって研究を推進する光景は中々見られないようだ。

基礎研究とは知的好奇心の発露と思っている。最近、私は若手研究者から知的好奇心が失われていくことに危機感を持っている。そんな中、夏に出版した「ふしぎ!光る生きもの大図鑑」が半年もたたぬ段階で重版となった。子供たちに光る生きものをたくさん見てもらうことができそうだ。光る生きものは知的好奇心をきっと満足させることができるだろう。今、基礎研究の面白さを伝え、知的好奇心を育成しなければ、日本の未来はないと思う次第だ。本を出版することは社会実装の一つだと若手には言いたい。

著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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