カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年01月21日

近江谷 克裕
第95回 Elucをめぐる旅の物語-寝正月にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
「違う錬金術もあるものだ」。この正月、箱根駅伝を横目に、大好きな作家のひとり、内田百閒先生の「百鬼園戦後日記」を読んでいた。感心するほど、百閒先生は出版社に借入金を繰り返し、それを過去の本の出版権、これからの出版物の印税で清算するという、その姿はまさに錬金術師だ。それが、ほぼ毎日行われている。おまけに入手したお金は、右から左へとアルコールの借用金の精算に使われている。科学の歴史の中の錬金術師に比べて、より現実的な錬金術師の姿を、正月早々楽しむことになった。

私は旅好き、鉄道好きである(写真1−4)ことから、百閒先生の「阿房列車」シリーズを愛読しており、旅における偏屈ぶりに憧れを持っている。ただ、真似できないというのが本音である。私もお酒好きではあるが、あそこまで列車の中で貪欲にお酒に執着できないし、ただ単に鉄道に乗り続けることも真似できない。でも、同時代に生きていたら、一緒に旅してみたいと思える人物である。名誉、肩書などに頓着せず、芸術院会員に推薦されても、「イヤダカラ、イヤダ」と言える、さしずめ大門未知子、いや百閒先生のような「気骨の人」は今の日本には、もういないだろう。

さて、錬金術が生まれたのは古代ギリシャと言われ、その後、中世アラビア語圏の錬金術師と受けつながれた。彼らは身近な鉱物から有用な鉱物を作ることができると信じ、卑金属から金を生み出す錬金に挑戦した。錬金術師たちの中には、不老不死の薬もできると信じ、種々の病気に効く薬としてホタルから「光る液体」を作った者もいた。理由はわからないが、特にメスのホタルが有効だったと記述があった。錬金術師たちは発光生物研究の先駆者かもしれない。

ルネサンス期にその最盛期を迎えることになるが、これはキリスト教中心の中世暗黒時代から人間が解き放たれたことによるものであろう。この時代まで支配的だったアリストテレスの四元素理論も、錬金術の延長線上にいた黎明期の科学者の活躍によって、分子、元素の存在が解き明かされ、現代科学の礎を作ることになるのは皮肉な現象かもしれない。錬金術師が「偽金作り師」と揶揄されることもあるが、私が30代に「さきがけ研究21」というプロジェクトでお世話になった本多健一先生(本多・藤島の光触媒効果が著名な文化功労者)は「錬金術はイカサマではなくペテンでもない。彼等は真剣であり、一生かけて夢を追った。Modern Alchemistは生命に感動し、自然に憧憬する。そこにロマンがある。」と、錬金術師の歴史的な意義を語ってくれた。錬金術師が現代科学の祖であるのは、紛れもない事実である。

話は戻るが、人はなぜ?錬金術師・百閒先生の日記にひかれるのだろうか?例えば、「六月十二日 日 十六夜:薄日曇、十一時起24弱、午後26。夕お酒二合麦酒二本也。一日気分勝れざりき」。ここには、簡潔に書かれた脚色されない事実があり、その事実が、百閒先生の人間性を伝えるからかもしれない。昨今のコロナ禍における脚色された事実もどきが間違った方向に人を導くのとは真逆な世界があるからかもしれない。科学を生業とする人々は、真剣に生命を直視感動し、科学をせねばならぬと錬金術師の精神に立ち戻った正月であった。
  • 写真1 ミュンヘン郊外のローカル鉄道列車
    写真1 ミュンヘン郊外のローカル鉄道列車
  • 写真2 台湾の特急列車(台東から台北まで)
    写真2 台湾の特急列車(台東から台北まで)
  • 写真3 ミラノ市内の路面電車
    写真3 ミラノ市内の路面電車
  • 写真4 最近、お気に入りの阪急“京トレイン”
    写真4 最近、お気に入りの阪急“京トレイン”
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn